鬼頭采愛
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ヒストリー

出身地

愛知県

幼少期の暮らし、体験

私は勉強というものに全く興味がなく、成績も"普通"で何も取り柄のない子供だった。ただ遊んで弟をからかってテレビを見てという今思えば怠惰な生活を送っていた。そのため国際支援には関心が無かったが、小学校6年生の時に保健委員長を務め、責任感が強くなった。また、同じ小学校の先輩で、第二次世界大戦時ユダヤ人を救った杉原千畝さんに憧れる。

中学・高校時代

名古屋市立向陽高等学校

中学3年生の9月、体育大会で転倒し、足を怪我した。1週間後には治ると思ったが、どんどん悪化し階段さえも上れなくなった。最初は病院に行っても何も見つからないと言われ大きな不安を感じたが、先生を変えてもらうと手術が必要と診断された。手術をしたのは11月で術後は足の痛みで眠れなかったり勉強も出来なかったし、10月から2月までのリハビリも受験生とっては本当に嫌だった。完治したのは3月。それまで思うように歩けなかったり、人から冷たい視線をたくさん浴びた。勉強が思うようにできなかったこともあり、第一志望校には落ちてしまった。でもこの経験から、私は半年間思うように歩けなかっただけだが、世界には一生思うように歩けない人もいて、その人たちの辛さを思い知ることができた。それと同時にその人たちを少しでも救いたいと思うようになった。その思いが今のボランティアへと繋がる。

勉強は中学1年生の内申28から15上げて第一志望には不合格だったものの向陽高校国際科学科に入学。色々な価値観を身につけ、9月からイタリアに留学予定。