Shu
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ヒストリー

出身地

福島県浪江町

幼少期の暮らし、体験

4歳?からアスナロ幼稚園に通う。

やんちゃな少年だったと思う。

好奇心旺盛な少年でもあった。
「入ってはダメ」「やってはダメ」と言われたことはやりたくなる!
ダメと言われた事をやって、先生に頻繁に注意されたのを覚えている。

同級生から「シュウ先輩」のあだ名で呼ばれる。→同級生から先輩呼ばわりされてたのナゾ。笑

お遊戯会では、演技を覚えることができず、横の友達をみて見様見真似。
「正面を向いて踊っていなかった」と今でも家族に揶揄われる。

中学・高校時代

浪江町立浪江中学校 2009年卒業
福島県立双葉高等学校
秋田県立秋田中央高等学校
地元の中学校に進学。

小学3年生の時から続けている剣道を中学でも行う。

剣道をやろうとしたきっかけは、近所の3つ上の先輩がやっていて、ただ単に憧れからである。

剣道を通して「礼儀」を学べたのは私の人生においてすごく大きい。

・礼に始まり、礼に終わる
・守破離
・心技体

以上3つの剣道哲学?(武道哲学?)は今でも私の人生の教訓である。

中学校の話に戻ります。

学生生活は、人前に立つことを好んでやった。
学級員・生徒会と学校を良くしようといろんなことをやらせていただいた。

剣道部で部長もしていたが、個性的な部員同士がまとまらず、泣きながら部員に訴えたこともあったっけ。

高校進学。

隣町の福島県立双葉高等学校に進学。

勉強をしに行ったというよりかは、剣道をしに高校に行っていた。笑
世界が狭すぎて、剣道で強い奴がこの世界で一番偉いと思っていたほど。笑

入部したはいいが、3年生が怖すぎて数日で辞めたくなった。
というのも、口を大にして言えないが、1年生みんな言葉と暴力による体罰を受けていたから。

そんな私も被害をくらい、1ヶ月の松葉杖生活。
初めて「学校行きたくない」って思った。
生々しい話聞きたかったら個別にお教えします。笑

同級生に支えられ、退部せずに、嫌な3年生を見送り、私たちは2年生になった。

嫌な3年生が卒業してラッキーと思った矢先、ちょー厳しい剣道の先生が私たちの学校に赴任してきた。

その先生のおかげ?(いや自分たちの頑張り?)で、地区大会優勝できたこと、県大会ベスト8になれたのは嬉しかったが、練習試合では勝っても怒られる・負けても怒られるの繰り返しで自己肯定感は駄々下りだし、顧問のロボットと化していたように今となっては思う。

2011年東日本大震災。
部活中に被災。
まさか故郷に戻れなくなるなんて思ってもいなかったし、明日も何気ない日常が待っているだろうと甘く考えていた。
部員とは「また明日」と行って別れ、それから約1年は再開できなかった。

いろんな思いを抱えたまま、両親の指示に従い、秋田へ避難。
嫌々転校した。

一言・二言では言えないくらい、剣道を転校先で続けるか迷ったけど、結果続けて最後のインターハイ予選に出た。

県ベスト8で高校剣道終了。
「突き」で1本取れたのがいい思い出。

大学・専門学校時代

日本赤十字秋田看護大学 2016年卒業
震災の時のきっかけもあり、看護師になることを決意し、大学進学。

グループワークの授業が一番好きでした。

いろんな方に恵まれて、防災キャンプという活動を開始。
いろんな所でキャンプや公演をみんなでしました。

真冬の秋田の体育館でダンボール間仕切りと寝袋だけで寝たのは流石に寒すぎた。
ほんといい経験。笑

大学時代の思い出は、キャンプと自転車での旅・仲良い友達と遊んだこの3つが最高に楽しかったです。

職歴

新卒で東北のとある赤十字病院に就職。

4年間勤める。
​良い点・悪い点含めいろんな思い出があるけど、文字起こしはしないでおきます。笑
ほんといい経験。

退職後映像制作の道へ。