三浦 翔太
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ヒストリー

出身地

秋田県

幼少期の暮らし、体験

秋田県秋田市で生まれ育つ。営業マンの父、パートで働く母、3才上の姉との4人家族。幼い頃は3才上の姉をいつも追いかけ近所の子供達と活発に遊び回っていました。幼心に父が夜帰宅しスーツを脱ぐ姿になんとなく憧れを抱く。キャンプやスキーに連れて行ってもらった記憶もありますが、小学校3年生から始めた卓球が生活の中心となり、両親の熱心なサポートもあり姉弟揃って練習に明け暮れる毎日。父の実家は海に近く、母の実家は山の近くだったため、海と川でも遊ぶ機会が多かったのですが、泳ぎが全くできなかったので、石投げ(水切り)だけがただただ上達。

中学・高校時代

秋田経済法科大学付属高等学校

中学校でも卓球漬けの毎日。部活が終わった後もクラブチームで練習。冬も片道30分以上ある練習場へ自転車で通う。今考えるとなかなか大変な日々でしたが、そのおかげもあり全国大会にも出場でき、父と母と共に全国各地を行脚しました。当時は当たり前と思っていて特に何も感じていませんでしたが、両親の熱心なサポート、応援には感謝しかありません。勉強の方はというと、父からは文武両道の教えを受けていましたが、高校受験に失敗。。

高校生になっても、引き続き卓球中心の毎日。受験に失敗してしまったこともあり、勉強はこの頃から疎かに。。テスト前日に徹夜で勉強するも深夜ラジオにハマっていたこともあり、あまり勉強に身が入らず。高校3年生の時には、小・中・高と切磋琢磨した卓球仲間達とカラオケに行くようになり、今でも地元に帰省した時には当時の話で盛り上がります。

中学・高校の時から年上の先輩や社会人の人たちと行動することが多く、先生もそうですが、自分に対して優しく接してくれる方より、時に厳しいことを言ってくれる方の方が強く印象に残っています。今でも年上の方や初対面でも厳しく物事を言う方に好意を持つ(心を開きやすい)のは、この頃の影響が強いのかもしれないです。

大学・専門学校時代

東京経済大学