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ヒストリー

出身地

東京都大田区

幼少期の暮らし、体験

下町で育った私は、お祭り好きで、子供神輿を担いだり、子供ながらに的屋で働いたりもしていました。

好奇心旺盛な性格だったこともあり、休みの日には様々な習い事に没頭する幼少期でした。

中学・高校時代

私が通っていた高校は体育祭、文化祭といったものがなく、日本ではめずらしいスタイルの学校で、自律自助を大切にする校風でした。当時では土曜日の休校をいち早く取り入れ、記憶が定かではないですが、授業も10時に始まり15時ごろには終わっていたと思います。

自律自助など深く考えることもなく、自由な時間が多いというだけ進学を決め、興味のあるものは片っ端からやってみるという生き方をしていました。自信を持って言えるのは、これだと思ったものに対しては懸命に取り組んでいたということぐらいです。

アルバイトをするようになってからは、社会での学びの多さに喜びを感じ、しかもお金が稼げるとなると、当時は寝るのがもったいないと本気で思うようになり睡眠は2~3時間でした。学校ではよく睡眠をとらせていただきました。

「バイト代はいらないので深夜働かせてください」と頼み込み、バイト先の系列のお鮨や、スナック、clubと色々なところで働かせていただき、学生では味わえないような沢山の経験をさせていただきました。当時のオーナーや従業員の方、お客様には相当可愛がっていただき、今でも感謝の念は絶えません。


大学・専門学校時代

中央大学 2000年卒業

バイト先のオーナーから、店を任せるからやらなかと誘われ、母親からは「勉強どうこうでなく、これからの人生の仲間を探しにいきなさい」と大学への進学を勧められました。それまで自由気ままにやってきたので親孝行と思い進学の道を選びました。

大学の勉強には興味がなかったので、周りの意見で『つぶしがきくし、暗記をすれば卒業できる』という安易な考えで法学部を専攻しました。実際のところ暗記などほとんどなく試験は一つの問題に対して、いくつもの学説があり、今までの判例などをもとに自分で答えをつくっていくものでした。

『1+1=2』これは、だれでも答えがあるので正解を導き出せますが、正解がないものに 対して、自分で答えを見出し正解に導くという考え方が身についたことが大学での収穫でした。


職歴


職歴

2000年

製造小売業会社 入社

2019年

株式会社 クインテット 入社

社会人となり、さまざまな経験ができたおかげで「夢を持つことの大切さ」や「人間力の大切さ」を知ることが出来ました。

人は出会いと環境によって、いつからでも人生と運命を大きく好転させることができると思います。実際に私も出会った方のおかげで人生が大きく変わりました。

これからの人生は、与えていただくばかりではなく、人や社会に貢献できるように力強く歩んでいきます。

ジョインした新規事業『Pando』はそういった私のビジョンそのものです。「後世に素晴らし時代を残す」という経営理念を胸に、誰も見ていない高みに挑戦し続けていきたいと思います。

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