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ヒストリー

出身地

大阪府

幼少期の暮らし、体験

幼少期の私は正義感が強く、また他の人と比べて大人びていたと思う。

  • 家族

 姉には障害があるということもあり幼い頃は親戚の家を転々としながら暮らしていた。
→どの家族も温かく接してくれて、姉や両親と会えない代わりに沢山の愛情を与えてくれた。

 姉が病院から退院することができ、家族4人で過ごすことができた。
 →両親は私を思って私がやりたいことをやらせてくれた。
 →水泳と出会うことができた。

  • 水泳

 通っていたスイミングスクールにシドニーオリンピック銀メダリストの中村真衣選手が来た。泳ぎをマンツーマンで教えてもらう事ができ、水泳選手に憧れた。
→水泳選手になることが目標となった。

  • 学校

 姉と一緒に学校に通う中で沢山の事を学んだ。
 →関わっている人全てに色々な背景があることをしる。
 →みんな違ってみんないい、他者理解をすることができた。

中学・高校時代

  • 中学

 水泳選手になるために、週6日練習をしていた。外部のスクールはもちろんのこと学校の水泳部にも所属しており、主将を経験した。

 水泳において目標に向かっての目標設定、そしてそれに対する課題点・過程を常に幼い頃から意識していたため常に何が目標に対して足りていていないかを考える力を身につけた。

その結果 中学一年では全国大会出場 個人種目において6位、団体種目2位になった。夢への一歩を踏み出すことができた。

中学二年 人生においての挫折経験
→大怪我をする。
→水泳選手の夢を諦める。 しかしながら水泳を諦められなかったため種目変更そして目標を水泳選手から府大会での優勝とした。

  • 高校
  1. 水泳
    怪我を繰り替えいしていた。
    昔のようなパフォーマンスをすることができないと感じ、精神的にも身体的にも辛かった。けれど親や友達にお世話になった分恩返ししたいと思い、高校三年生まで続けた。結果として府大会優勝を成し遂げる事はできなかったが、入賞をすることができた。

  2. 学業
    中学の頃英語に興味を持っていたため、英語を専門的に学ぶ学校に進学
    →沢山の人の価値観に触れる。


大学・専門学校時代

  • 学業
    英語をもっと学びたい、世界を見てみた、色んな人の価値観を知りたいと思う気持ちから二年間の選考を経て選ばれる学部内700名の内成績優秀者かつ志願者30名を選ばれることを目標に英語を中心に他の科目も勉学に勤しんだ。
    →高校卒業の時はTOEIC550点ほどであったが、大学一回生の末頃には680点、そして現在では700点を超えることが出来た。
    →英語だけでなく他の科目にも力を入れていたため留学プログラムの参加メンバーに選ばれた。
  • ラクロス
    水泳で成し遂げなかった目標を心機一転新しいことに挑戦することで達成するためにラクロスに挑戦
    入部当初 関西代表として活躍していた先輩に憧れ私も関西代表になることを目標に練習に励んだ。
    →怪我などあり辛いこともあったが水泳での経験をバネに諦めずに自分と向き合うことで乗り越えることができた。そして二回生の末頃 目標としていた関西代表になることができた。

    そして現在新たな目標として日本代表になることを掲げ練習に取り組んでいる。