とても好奇心旺盛で、興味関心の幅が広い子供でした。いろいろなことに興味津々で、出かけるとすぐにどこかに行ってしまい大変だったそうです。ものの長さを測るのが好きだった時期には、メジャーを持ち運び「何年、ここは何年(単位間違えてる)」とあらゆるところを測る不思議な子供でした。
私が3歳の頃、弟が生まれました。それからは、弟とはほとんどの時間を一緒に過ごしていました。母は、「喧嘩もしていたもののいつも気がつけば仲直りしていて、本当に仲が良くいつも楽しそうにしていた」と言っていました。
また、習い事は、幼稚園年少の頃にピアノ、小学一年生の頃にダンスを始めました。両親は、幼い頃から私がやりたいと思ったことに自由に挑戦させてくれました。
中学校では、元々ピアノを習っていた影響で、入ると決めていた吹奏楽部に入りました。「何がなんでもフルートをやる!!!」と、素質のない中仮入部に通い詰めなんとかフルートパートに入ります。しかし決してうまくいくことばかりではなく、活動の中で、今までの中で一番というほど悔しい思いをすることもありました。本当の意味で頑張ることを知る良い経験でした。
志望高校の決定は、Youtubeで見たダンス部の動画がきっかけでした。活気のある発表の様子に惹かれ、「絶対に入りたい!!!」という思いで受験勉強を必死に頑張りました。学生時代は特に、はっきり決断し、決めたことはぶらさない頑固さもありました。
大学ではダンスサークルに所属し、ダンス中心、いやダンスまみれの日々を送っていました。ジャンルはgirlsという、時に激しく、時にしっとりした奥の深いジャンルです。(伝わりますか?)
学校行事での発表作品以外にも、サークル主体のイベントで出たい作品にたくさん出演し、どの時期も練習漬けでしたが、そんな毎日が本当に充実していました。girlsの中でも好きな先輩の作品には欠かさず出ていたのですが、頑張って頑張って頑張っても悔しいポジションの回もあり、苦い思いもたくさん経験しました。
サークル期の後半は、作品作りにも本格的に取り組み、あまり得意ではないものの奮闘しながら振りを落したり、前で指示を出したりしていました。今までダンスを続けてきた中では自分自身が練習することでうまくなっていくことがやりがいでしたが、チームで同じ目標に向かって一つの作品を作っていくことや、どうしたら全体として良い作品になるかを考えることに充実を感じるようになりました。
また、皆がダンスを好きで取り組んでいる中でも、いろいろな価値観や考え方を持つ人がいて、考え方に刺激を受けることも多く、ダンス面以外でもたくさんのことを学び、自分にとってとても濃い大切な経験になりました。