三代 菜々美
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ヒストリー

出身地

福岡

幼少期の暮らし、体験

自分史を綴りますよ~!✏

私は、1998年4月21日に福岡県のとある平凡な家庭に生まれました。
一人っ子です。

幼いころから、人を笑顔にすることがとても好きでした。
今も、人の笑顔を見るのが好きです。
どんな子供だったかというと、いい意味で少し変わり者でした。
自分のものさしをしっかり持っていて、周りの目を気にしなさすぎな子だったなあと。笑

小学校1年生から、親の勧めで、習字と剣道をしていました。
これが、10年以上続くなんて誰も思わなかっただろうと思います。

剣道剣道剣道......。週6で剣道してました。笑
でも、このころは好きでやっていたので、あまり苦痛ではありませんでした。
むしろ、同じ道場に好きな男の子がいたりして、それなりに楽しんでいたみたいです。

剣道をやっていたこともあってか、当時の私の夢は、「警察官になること」でした。
『踊る大捜査線』に出てくる、すみれさんに憧れていました。

かわいいものだなあ。

中学・高校時代

福岡県立新宮高校 2017年卒業

中学時代

中学校に入ると、好きだった男の子のことを好きになるのをやめました。
剣道に一生懸命になる姿を見て、「邪魔できない」と思ったみたいです。
あのとき告白しとけばよかったと、少しだけ後悔していますが......。

中学では色んな経験をさせていただきました。
部活・生徒会・学級委員・体育祭のブロック長、なんだってやりました。
特に力を入れたのは勉強。小学校の頃は勉強が苦手だったのですが、友達に助けてもらって以来、勉強が好きになったのを覚えています。

一方で、部活ではもちろん剣道部に入ったのですが、部員が女子は私含めて2人しかいませんでした。2つ上の先輩だったので、入部して間もなくして引退してしまいました。
もともと、男子の多い環境で小学生を過ごしてきたので、女子一人で剣道をすることに対して辛いという感情はありませんでしたが、部活以外の学校生活が充実しすぎて、剣道をもっと頑張りたいと思えなくて、初めて剣道が嫌になりました。

でも、「辞める」とまでは思えず、勉強・部活・学校の行事の全部がんばってみることにしました。
結果、何とかやり切ることができ、とても努力した3年間だったなあと思います。

高校時代

高校に入ってからは、部活をする気はありませんでした。
帰宅部で、大好きな勉強をもっと頑張ろう」そうこころに決めていました。

合格発表当日、その私の想いは打ち砕かれることとなりました。
全てをお話すると長くなるので、結論だけを言うと、これからの高校3年間も剣道を続けることになったのです!!!!
私は、剣道部の2つ上の先輩方のきらきらした姿を見て、「この先輩たちと剣道がしたい!!!」そう思って剣道部に入ることを決めました。
これが再び宿敵との戦いの始まり。

入部して間もなくして感じたことは
「なんじゃこのきついのはあああああああ!!!!!」ということ。

そこには今まで味わったことのない「きつさ」がありました。
毎日の練習に、週末の練習試合・遠征。
私立校並みにハードでした。

入学して半年たつころには、私の成績は、下から数えたほうが早いほどにまで落ちぶれてしまいました。

部活の男子には、テストの度にばかにされました。とっても悔しかった。
「がんばりたい」
その気持ちとは裏腹に、私の体はとても正直でした。
毎日帰宅して、勉強しようと机については寝落ちし、そのまま朝を迎える。
そんな日々の繰り返しでした。

「部活を辞めたい」
先輩たちの背中を追いかけてきた私にとって、2つ上の先輩が引退していなくなったことは、あまりにもダメージの大きなものでした。こころの支えがなくなった上、成績もダダ下がり。
このままでは、私の「警察官になりたい」という夢さえも叶えることができなくなってしまうのではないか。
そう思い、1つ上の先輩に「部活辞めたいです」そう伝えました。
そこから返ってきた答えは、想像したものと違ったものでした。

菜々美がいなきゃだめ
意外でした。まさか、引き留められるとは、予想外でした。
でも、嬉しかったです。私は、部員から必要とされていて、もっと頑張らなきゃいけない。
そんな感情が、剣道を続けるという選択をもたらしてくれました。
3年間よく乗り切ったな、そう思います。

部活では散々でしたが、高校3年間ではそれ以上に大切なものを得ることができたのです。
それは紛れもなく「友達」です。

苦しい3年間ではありましたが、と同時に本当に楽しい3年間だったなあと思います。
辛い時も、一緒にバカやってくれて、どんなにつまらない話だって聞いてくれる友達がいてくれたおかげで、充実した高校生活になりました。

今でも、高校時代の友達とは時間を取って会っています。
友達は、私にとっての宝物です。



大学・専門学校時代

久留米大学

何とか受験を乗り越え、私は「警察官になる」という夢を叶えるべく、法学を学ぶことにしました。
ですが、またしても私の前に試練が......。

なんと、入学して早々罰当たりなことを思ってしまったのです。
楽しくない大学辞めたい

勉強が難しく、大学生活に楽しさを見出せなかったということもあって、そもそも夢とは何なのか自分は何がしたいのかわからなくなってしまいました。
そんなこんなで、貴重な大学生の1年間は、あっという間に過ぎてしまったのです。

「大学生活ってこんなものか」
周りの学生が輝いて見えました。バイトで稼いだお金で海外旅行に行く子たち、夏にかわいい水着を着て海でインスタ映えする子たち。
普段あまり人と自分を比べることをしない私ですが、この時ばかりは悔しくてうらやましくて、なんとも言えない気持ちでした。

今思うと、「あの時部活を辞めていたら......」「最初から部活なんかしなければ......」と過去に執着し、大学生になるという変化が自分自身を変えてくれると、幻想を抱いていました。
自分が変わらずとも、その状況は自然とよくなると勘違いしていたのです。

「こんな大学生活は嫌だ!!!!」そう思い、本当に自分がやりたいことを探し始めました。
さかのぼること中学2年生。
あの頃の私は「いつか留学したい」「ボランティアしたい」。それなりにやりたいことがありました。

「そうだ!海外でボランティアしよう!」
思い切って環境を変えてみようと思いました。環境が私を変えてくれるに違いない。
新しい気づきがあるかもしれない。

とにかくがむしゃらでした。「このチャンスをものにしなければ」。そう思っていました。
とは言いつつも、頭がなかったので、学力不問のボランティアを探しました。
ないかと思ったけど、探せば意外とあるんですね、これが。

そうして私は、大学2年生の夏休み、アメリカへ3週間行きました。
初めての海外経験です。
見知らぬ土地へ、現地まで一人で行きました。
ワクワクが止まらない。幸せでした。

現地では、ホームステイ先で日本料理を振る舞ったり、キャンプに行って山を登ったりしました。
肝心のボランティア活動では、小学校で教師アシスタントをしました。
小学1年生相手に、なかなか苦戦しましたが、一人ひとりと向き合い切りました。

アシスタント最後の日、泣きながらハグしてくれた子供たちの姿が愛おしかったです。
ありがとうアメリカ。

3週間のアメリカ生活を終えた私は、どこか物足りなさを感じていました。
なぜか。

それはきっと、アメリカの子供たちはすごくすごく恵まれていたからだと思います。
私の助けがなくとも、iPadはあるし一人一つづつ文房具もある。
理解は遅い子はいましたが、みんな何かにチャレンジできる環境とモノを手にしていました。

それはもちろんいいことですが、「もっと私の力を必要としている子供たちがいるに違いない」。そう思わずにはいられませんでした。

そこで私は、次のチャレンジを考え始めました。
それは、発展途上国の子供たちを笑顔にするチャレンジです。
もちろん、そういった国にはいったことがありませんでしたし、考えたこともありませんでした。ですが、この時の私は、いつもより燃えていました。

そして、大学3年生の春休みに10日間ネパールへ行きました。
孤児院の子供たち・私立小学校の子供たち・日本語学校の学生たちとたくさん交流し、たくさんのことを学びました。

ネパールでの経験は、私の価値観を180度変えるものとなりました。
今までで一番幸せな10日間と言っても過言ではありません。

この経験は、記事にもなっているので、よければ覗いてみてください。
https://pando.life/starsfukuoka/article/25204

ネパールへ行った年は、本当にたくさんの出会いがありました。出会いを求めて、たくさん足を動かしました。経験の数は少ないですが、その経験一つ一つの点と点が、線としてつながった感覚を初めて味わうことができたのです。

感動しました。と同時に、私に出会ってくれた人たち・アクションを起こすためにサポートしてくれた親に感謝しました。

この感覚が好きだ。人同士が、想いと想いがつながるこの感覚がとても癖になる。
こうして、私はようやく自分が本当にやりたいことを見つけることができた気がします。

これは、私の人生の22年間の中でも大きな収穫です。
だから、これからも動き続け、自分の感覚を信じ続けたいです。

現在は、キャリア支援団体STARSのメンバーとして、学生一人ひとりと向き合い、【生きる喜びを届ける】という私のビジョンに向かって、少しずつですが前に進んでおります!
キャリア支援団体STARSの紹介はこちら!✨

とてもとても長くなってしまいました。
これで私のストーリーは以上です。
最後まで読んでくださってありがとうございました!☺🌈