岡部 真次
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ヒストリー

出身地

埼玉県さいたま市

幼少期の暮らし、体験

3人兄弟の次男として小さな命が誕生。

兄の名前は真、次男は自分である真次、妹の名前は真歩

真の次だから真次って名前の決め方雑。

だからこんな人間になってしまった。

土日は、長男の少年野球をずっと見に行っていた。

この時自分は幼いながらこう悟った。

「やばい、俺も野球やらされるのか」と。

いやもっと前から自分の運命は決まっていた。生まれた瞬間からもう野球ボールを持っていた。物心つく前から。

まるで茂野五郎。

その頃から兄に憧れを抱くようになった。

だが実力は並。牛丼も並しか食べられなかった。

好きではなかったけどずっと野球をやっていた。

学校の宿題なんてやらずに毎回先生に怒られ、毎日のように泣いていた。

家に帰れば柿ピーを頬張る毎日。

バルーンアートかのような体になってしまった。

とにかく体育座りがきつかった。

周りからの目を気にしてダイエットを決意。

学校の給食では毎回減らしてもらい、みんなにアピールするが、家で食べる晩飯はドカ食い。

意味がない。

だからこんな人間になってしまった。


中学・高校時代

埼玉県立春日部東高等学校 2018年卒業

中高と野球漬けの生活を送っていた。

中学ではキャプテンを務めていたが、自分と他の部員とのやる気の差を感じ、さらに周りがなかなかついてこなくて自分自身を見失うことも多々あった。

かなり見失っていた。野球ボールがサッカーボールに見えるぐらい見失っていた。

だからこんな人間になってしまった。

その時、「高校は絶対強いところ行ってやる」と心に決めた。

高校は埼玉県の春日部東高校に進学。

兄の母校である。

すごい兄に憧れている。

レギュラーになるために甲子園に行くために毎日最後まで練習していたが、なかなかうまくいかなかった。

その時、頭を使って生きていくこと、野球をしなきゃいけないことを痛感した。

その反省を活かし大学受験に臨んだが失敗し、1年間浪人した。

河合塾大宮校に入校。少しずつではあるが勉強が楽しくなった。

だが、先生の癖などを探し、友達に先生のモノマネを見せたりと自分を見失うことが少しばかりだがあった。

とても大変だったが、1つのことに没頭できる1年間はとても充実していた。

ここまでは山あり谷あり苦あり楽ありの人生だった。

大学・専門学校時代

國學院大學

大学では今まで出会ったことのない、価値観や見方を持った友達と巡り会えていつも大学に通うのが楽しい。

社会人になる前に大学生を全力で楽しみ、若々しくパワフルに生きていきたい。

おもしろく素直で器の大きいメリハリのあるお酒の強い人間になって大学を卒業したい。

職歴

アルバイトは、焼肉きんぐ浦和美園店3年目。

兄のいたバイト先である。

相当兄に憧れている。

自分含めアルバイト仲間は、お笑いのレベルがものすごーい高く毎日ゲラゲラ笑いながら働いている。

おかげでお客さんからクレームをかなりもらう。

だが最近、お客さんの来店数が半端じゃない。

3月15日、お店の最高日商を6年ぶりに20万円更新し、186万円。このご時世なのにすごすぎる。

営業、毎日お祭りです。

ぜひ皆さんお越しください。

優先予約でご案内します。はいよ、いらっしゃいませ。

何年後かにドリンクとデシャップをぶん回し、ホールの顔になるために学生時代をここに注ぎ込む。

ホールの顔に俺はなる!