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ヒストリー

出身地

兵庫県神戸市

幼少期の暮らし、体験

3人兄弟の末っ子で、基本的には両親や祖父母に甘やかされて育った幼少期ですが、何故か将来への危機感や自立心のようなものは小さい頃から比較的強くあり、子供らしく外で遊びまくるというよりは、一人で色々と考えて過ごす時間が多かったように思います。

両親の教育は良い意味で放任で、いつも私の意思を尊重してくれ、そこまでお金の掛からないことであれば何でも好きにやらせてくれました。

小中学校時代は、将来の自分に必要ないと当時思っていた勉強には全く着手せず、学校側からは問題視されることが多かったですが、両親からは自分なりの考えがあるならと、頭ごなしに怒られることは無かったと記憶しています。

端から見れば変わった子どもであった可能性は高いですが、周囲に迎合することなく、自分の価値基準で物事を判断し行動していける素養をこの幼少期に身につけることができたのかなと思います。

大学・専門学校時代

幼少期に阪神淡路大震災を経験したことがきっかけで、インフラ建設に興味を持ち、大学、大学院では都市工学や土木工学を専攻しました。当時は大成建設などが手がけたマルマライ(ボスポラス海峡の海底鉄道トンネル)のような世界規模のインフラ建設を仕事にしたいと考えていました。

しかし、就職活動にあたり、ゼネコンで働くということを具体的に想定する中で、ゼネコンのように1つのプロジェクトに対して何百人、何千人という人が緻密に細分化された役割分担の上で職務を遂行していくスタイルでは、自分なりの創意工夫が反映される余地が限りなくゼロに近いと感じられ、これは自分の性格からして満足感を得るのが難しいのではないかと思いました。

一方で、大学院時代に一年ほど留学したバングラデシュの生活において、ガタガタの道路や日常的な停電などの貧弱なインフラ環境の中で、現地の若者たちがAndroidスマートフォンでYoutubeやFacebookなどのサービスに熱中しており、インフラ整備を含む第二次産業を半分スキップしてIT主導で生活や社会が変化していくパワフルな流れを直接肌で感じ、IT、特にWEBサービスに興味を持ち、仕事にしようと考えました。

職歴

職歴
2011年 株式会社クインテット入社


前述のように、WEBエンジニアを最初の仕事として選んだ理由は、ITやWEBサービスには、昔の産業革命のように、人々の生活に劇的な変化をもたらすパワフルさがあり、サービス提供者としても、自分ならではの価値観や創意工夫を反映させやすい側面があると考えた為です。

正直なところ、入社後1~2年は「会社や事業に貢献しよう」といった思いは殆んどなく、将来的に自分のアイデアをサービスとして形に出来るように、エンジニアとしてなるべく早く成長しようというモチベーションで働いていました。

当時は毎日朝から終電までひたすらコードを書き続けていましたが、誰かから強制されていたのではなく、さらに自分がやりたいことに限りなく近いことを仕事として任せてもらっていたので、とても仕事が楽しく、体力的にも精神的にも辛いということはなかったです(一度だけやり過ぎて突発性難聴になりましたが)。

そういったある意味で自分本位のモチベーションを、会社や先輩方にうまくコントロールして導いてもらうことで、結果として会社の事業推進に貢献出来ていたのではないかと思っています。

現在は会社の組織化が進み、私自身も現在は開発部の部長として、より幅広い範囲で会社に貢献することを求められていますので、入社当時の私が会社や先輩方から導いてもらったように、各エンジニアメンバーの持つ気質、背景、モチベーションといったものを、うまく会社への貢献に繋げられるように導いていくことが重要と考えています。

将来的には、入社当時と変わらず、自分ならではの価値観、環境、創造性といったものを活かしたサービスをゼロからつくりたいと考えています。

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