樋地杏香
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ヒストリー

出身地

宮城県塩釜市

幼少期の暮らし、体験

​幼い頃から、活発だった私。

​ピアノ、そろばん、バレーボールの習い事をしたり、
​学校帰りは公園で日が暮れるまで遊んだり。

人の前に立つことが好きだった私は、
小学生の頃から数々の実行委員会に所属し、
委員会では委員長を務めてきました。

​色々なことに積極的に取り組んでいるうちに、
周りからもよく頼ってもらえるようになりました。

中学・高校時代

宮城県利府高等学校
小学4年生から高校3年生までバレーボールをしていました。利府高校のバレーボール部は宮城県で2番手の強豪チーム。

ただでさえ、ユニフォームを着て試合に出ることが簡単ではない環境であったのに、
高校2年生の時、イップスという運動障害に陥りました。
​思い通りに身体が動かず、納得のいくプレーができなくなり、バレーボールをすることが怖くなりました。

焦り、不安、恐怖に襲われる毎日、
​自分がミスしているシーンが1日中頭から離れず、
何度もバレーボールを辞めることを考えました。

でも、そこで心の支えとなったのは同級生でした。

​みんなと一緒なら大丈夫
​みんなと一緒に最後までやり遂げたい

​みんなの為なら、何でも頑張れる気がしました。

​練習前、昼休憩、練習後
テスト期間のオフの日にも体育館に行き、
ひたすら​自主練習をしました。

完治することは出来なかったけれど、
この運動障害を経験したからこそ
多くのことを得ることができました。

3年間を通して、試合に出ることは少なかったけれどサポートとして、上級生として、
チームのために一生懸命取り組みました。
周りを見て行動すること、人の役に立つってこんなに楽しくてやり甲斐があることなんだと、沢山の経験から学びました。

​本当に大変な毎日、それでも楽しいと思えたのは紛れもなく仲間達のおかげです。

卒業後、離れ離れになってしまった同級生
それぞれが夢に向かって、県内外の大学で頑張っています。
​私の頑張れる源でもあります。

優勝して全国に行くという目標に向かって走り続けた高校3年間は一生の宝物で、私の人生の財産です。



大学・専門学校時代

仙台ウエディング&ブライダル専門学校
小学生の頃からブライダルヘアメイクになるという夢があり、仙台ウエディング&ブライダル専門学校に行くことはその頃から決めていました。

高校生になってやっとオープンキャンパスに行けるようになり、入学して自分の好きなことを学べている今、本当に毎日が楽しくて仕方ないです。

みんなは大切な仲間でもあるけど、ライバルでもあります。みんなで高めあっていけるこの環境に感謝して、出会いを大切にしていきたいです。