カンボジアという、”桃源郷”

飛行機のタラップを降りると、久しぶりの太陽が顔に照りつける。
暑い、と思わず口をつく。
前方には、いかにも南国っぽい、オレンジ色のとんがった屋根。
入り口には、お決まりのヤシの木が植えてある。
そう、ここはカンボジアだ。


建物に入ると、パスポートとともに、申請書と、ビザ代30ドルを受付の職員に渡す。
乱暴な手つきでスタンプかみたいななにかを押して、「アッチ!」って、ちょっとおかしなイントネーションで、向こうのカウンターを指さす。
赤色の、花のついたパスポートは日本人。日本語を使おうという、親切心だ。

言われたカウンターの手前で、待つこと5分。
受け取ったパスポートの査証欄には、目新しい緑の紙がホッチキスで止められている。
刻印されているのは、”KINGDOM OF CAMBODIA”の文字。


税関をくぐって外に出ると、そこには、いつものドライバーさん。
彼についていくと、トゥクトゥクという、バイクが座席付きの荷台を引いた乗り物が止まっている。
一緒に来た友達と、よいしょっと乗り込む。
エンジンうならせ、出発だ。


乾いたアスファルトの上を、トゥクトゥクはぐんぐん走り出す。
道路は広い、4車線。
乾いた風がびゅんびゅん吹きつけてくる。
目に砂が入りそうで、後ろ向きに座りなおす。
ずいぶんと開放的な店が立ち並び、看板にはうねうねした可愛らしい文字。
カンボジアの言語は、クメール語だ。


20分ほど砂混じりの風に耐えると、トゥクトゥクはおもむろに左に曲がる。
舗装されておらず、しっかりつかまっていないとおしりをうちつける。
最後の関門を乗り越えると、そこはいつものゲストハウス。
髪の毛はばっちりギシギシだ。


入り口に椅子を出して座っている、ゲストハウスのお父さんに「こんにちは~」(ここの家族は日本語が話せるのだ!)と声をかけ、受付で名前やパスポート番号を台帳に書き込む。
「バナナシェイク、モイ(ひとつ)!」なんていって、荷物をもって階段を上がる。
バックパックを投げ出し、ベッドにダイブして、「あ~」とうめいていると、バナナシェイクがやってくる。
あ~、これこれ。しゃりしゃりしていて、バナナのあまさが口いっぱいに広がる。
鼻の下を伸ばし、堪能する。


ソファに座ってだらだら本棚のスラムダンクを読んでいると、バックパックを背負った新たな友達がやってくる。
日本ぶりの再会をひとしきり喜んだら、またスラムダンクに戻る。
仙道のアシストが決まった。


そうこうしているうちに日が暮れてくる。
いきつけのご飯屋さんまで、てくてく歩く。
一応メニューは確認するものの、いつもの「カオマンガイ」を頼む。
みんなでおしゃべりしながら待っていると、でてくるのは、蒸した鶏肉がのったご飯。
添えられた特製ソースをかけてひとくち。
口いっぱいに広がる鶏の旨味と、甘辛いソースが絶妙のマリアージュ。
添えられたきゅうりも残さずたいらげると、いつのまにか満腹になっていることに気付く。
そうだ、ここはカンボジア。日本より多いんだった。


帰ったら、さっさとシャワーを浴びる。
重たいWiFiにInstagramを開くのもあきらめ、早々に眠りにつく。




朝、ちゅんちゅんと鳴く鳥の声で目が覚める。
伸びをして、下に降りていくと、卵の焼けるいい匂いがする。
外にしつらえられた席で寝ぼけていると、パンと平べったい卵焼き、フルーツがでてくる。
今日はバナナとマンゴスチンだ。
あま~いコーヒーとともに美味しく流し込んだら、着替えて入り口に集合。
そう、今日は“学校”に行くのだ。


バンに乗ること1時間。
スピーカーで音楽を流しては歌い、疲れて目を閉じかけたころに車の揺れで起こされる。と思ったら停まる。あ、ついた。


降りるやいなや、子どもたちが足にまとわりついてくる。
両腕を取り合いされながら、行き先もわからず引っ張られていく。
おんぶにだっこを要求され、疲れてきたら教室に子どもたちを誘導する。
壁に貼ってあるポスターで、英語の発音の練習をする。
しめしめ。ここなら、おとなしく遊べる。


髪の毛をいじくりまわされ、花だらけにされた頃には帰る時間がやってくる。
抱きついてくる子どもたちに、「サイモイティエン(また明日)!」と声をかけ、さんざん別れを惜しんだ後、バンに乗り込む。
彼らの姿が見えなくなるまで、自転車に乗って追いかけてくる男の子がだんだん遠ざかっていくまで、手を振り続ける。


***


大学を卒業するまでは、なんだかんだ毎回、カンボジアに行って、あのゲストハウスに泊まって、あのカオマンガイを食べて、あの子たちと遊ぶんだと思っていた。
往復LCC航空券3万5千円の、“桃源郷”だったから。


しかし、今となっては。

カンボジアは、ちょっとだけ、本物の桃源郷みたいだ。


日に日に高まっていた自粛モードに、
「カンボジアに行きたい」なんて、いつのまにか、口に出せなくなっていた。


それでも心の奥底を覗けば、そこにあるのは、望郷にも似た想い。
ゲストハウスの家族、トゥクトゥクのおじさん、そして子どもたち。
大好きな人がたくさんいるカンボジアは、第二の故郷になっていた。

幸いなことに、拡大はだんだん落ち着いて、緊急事態宣言も解除された。

日本でも、やらなきゃいけないことはたくさんあるけれど。


どうか、早くまた、あの暑いカンボジアで。

砂混じりの風を感じられる日が来ますように。



“ワクワクで、出逢うみんなをhappyに。”


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