心と言葉


 『どうして人は言葉を持ったのだろう

           心が見えにくくなる』

                    Why? / YUI



好きな歌の一節だ。

確かに、今私たちは普通に言葉を持っている。

そしてそれを使って人と話している。

初めてこの歌を聴いたとき、

心を表現するための言葉なのに

言葉で心を隠すこともできるもんなあ~

なんか切ないなあ~って思った。



私はカンボジアで子どもたちと遊んでいるとき

言葉が通じなくてもどかしく感じることがある。

どのくらい子どもたちのことや

Pumpitのことが好きなのか

日本ではどんなことをして過ごしているのか

私の好きなものも 最近あった面白い出来事も

全部全部伝えたい。


それと同時に

昨日は何をして過ごしたのか

今はどんな勉強をしているのか

子どもたちの好きな食べ物も好きな遊びも

たくさん聞きたい。


でも言葉がなければ、伝えられないし聞けない。

だからやっぱり、言葉ってステキだ。

良いことも悪いことも含めてだけど、

心にあるだけでは伝わらないものを

表現してくれる。便利だね。


言葉が通じないカンボジアでは

少しのもどかしさは感じるけれど、

心が本当に見えやすくなるって感じる。

言葉が通じない分、

たくさん笑って 遊んで ふれ合うからだ。

もうこれ以上他にはいらないって感じるくらい

言葉はなくても心が通じ合ってる感覚がある。

メンバーは共感してくれるんじゃないかな~



それと、少しだけ知ってるクメール語を話すと

笑ってちゃんとした発音を教えてくれる。

それがまた嬉しくて何回も繰り返す。

こういう温かい空間が私は本当に好き。

言葉があってもなくても

みんなといたら楽しくて嬉しくて幸せだ。


もしカンボジアのみんなに出会ってなかったら

心の温かさも 言葉のありがたさも

見逃していたかもしれない。

普通のことすぎて忘れがちだけど

大切だってことを教えてくれた。ありがとうだね。


あと、子どもたちと遊ぶあの空間ってすごい。

日本ではなかなか見られない

メンバーのキラキラした無邪気な笑顔を

引き出してくれる。

これまたほっこりする。たまらんわ~


あ~早く会いたくなってきた~!!

次はいつ会いに行けるかな~

また可愛い可愛い子どもたちと5thのみんなで

楽しく遊べる日が来ますように。



   “ワクワクで、出逢うみんなをhappyに。”


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