「働き方改革」が目指すべき「働き方」とはなにか?

政府の音頭によって、働き方改革が一大ムーブメントになりつつある。働き方改革によって、サービス残業や名ばかり管理職などのブラック労働が是正されたり、従業員に対する不当な扱いが減少したりするのは、社会的にも望ましいだろう。

こうしたことから、社会科学分野でも、働き方改革は注目の研究分野となり、労働経済学、人的資源管理論、労働社会学、労働法など多様な背景をもった研究者たちがこの分野へと参入している。しかし、こうした研究をはじめ、政府の提言、新聞記事などで見過ごされてきた部分があるのではないだろうか?すなわち、働き方改革の働き方はどうするのか?ということだ。

これについて、二松学舎大学加藤木綿美専任講師と、この文章を書いている明治学院大学岩尾俊兵とで共同研究を行ったが、そこで判明したのは、多くの場合、働き方改革は「従業員数名のチームによるプロジェクト」という形態で進められるということだ。しかも、こうしたプロジェクトは、普段の仕事に対して付加業務として割り当てられることが多い。そのため、ただでさえ業務が多いところに、働き方改革によって「業務を減らすための業務」が加わり、結果として勤務時間がなおさら増加するという矛盾に陥る。

さらに、こうした働き方改革の業務には特有の精神的負荷もある。それは、ワーカホリックや残業代を当て込んだ生活設計をしている「もっと働きたい人」からの反発を一身に引き受けるという負荷だ。さらに重要なことに、こうした働き方改革プロジェクトのメンバーに選抜されるのは、付加業務もいとわない「もっと働きたい人」自体であることさえある。そうすると、働き方改革プロジェクトは、「もっと働きたい人」がもっと働きたいのに会社は逆行しているという状況に不満を持ち、互いに愚痴りあう場と化してしまうかもしれない。

実際に、筆者らがおこなった予備調査では、働き方改革によって従業員が不利益を被ってしまうジレンマ状態に陥っている企業がいくつも見られた。働き方改革のためのプロジェクトの「働き方」がメンバーの大きな負担になっていたのである。一方で、働き方改革に成功した企業には、こうした状況から抜け出すための知恵も存在していた。

たとえば、働き方改革によって賃金が減らないどころか増加する「ノー残業手当」の創設をおこなった企業や、働き方改革によって「より面白い仕事ができると喧伝する」ことに注力した企業などである。これは、経営学において動機づけ・衛生理論として知られるハーズバーグの議論を援用したものと考えられる。

仕事のモチベーションとは何か、と問うと、すぐに思いつくのは賃金である。多くの人が賃金を目的として働いている側面があることは間違いない。しかし、ハーズバーグによると、賃金の向上・低下はモチベーションの低下に対して主に影響するもの(衛生要因)である。つまり、賃金が低いとモチベーションは低下するが、賃金が高いからといって、モチベーションは向上しないのである。では、モチベーションの向上をもたらす要因(動機づけ要因)は何なのか。それが、仕事の面白さである。仕事の面白さはモチベーションの向上に主に影響するというのが、ハーズバーグの研究、および、以降の後続研究からも明らかになっている。そのため、働き方改革で賃金が下がらないことを示すことでモチベーションの低下を防ぎ、働き方改革によって面白い仕事が増えると説得することでモチベーションを向上させる方法が効果的ということになる。

このように、働き方改革を有効に実施している企業では、改革によって衛生要因に悪影響が出るのを防いだり、動機づけ要因を生み出す試みを行っていた。これを仮説として提示すると以下のとおりである。

 仮説1a:働き方改革によって賃金が下がる可能性があると改革は不活発になる。
 仮説1b:働き方改革によって報奨金が出るとしても、改革は活発化しない。
 仮説2a:働き方改革によって、より良い仕事ができる場合、改革は活発化する。
 仮説2b:働き方改革によって良い仕事が減っても、改革は不活発化しない。

こうして、衛生要因と動機づけ要因の2つが揃ったときに初めて、従業員の中で改革方針を前向きに捉え、改革をやってみようと考える人達が増え始めるといえる。ハーズバーグの議論は1960年代に盛んになった古いものだが、現代の働き方改革のマネジメントに、いまなお有効な視点を提供してくれる。

クインテット総務
2019.09.12

>「業務を減らすための業務」が加わり、結果として勤務時間がなおさら増加するという矛盾に陥る。

これ、非常にわかります。
他社の人事労務担当と集まりでは、
働き方改革を遵守するための施策、コストが増えているという
意見を頻繁に聞きます。

#ハーズバーグ 初めて知りました。
勉強になります!!

働き方改革に対して愚痴や批判的な意見は寄せられますが、
オフィスにいない時も仕事に繋がることは多数あるので
pandoを通して私も上手く発信していけたらと思います!

岩尾俊兵
2019.09.12

コメントありがとうございます。
おっしゃる通りだと思います。
同時に「やりたい仕事まで減らされてしまう」場合があることもまた問題ですね。
仕事を取り上げられるとやりがいがなくなってしまうという場合が良くあります。