文学は何ができるか:サルトルへの意思決定理論的返答縮約版(群像新人評論賞最終候補作)

17 経営学 文学 社会科学 小説

いいね

 2019年11月7日『群像』12月号にて第63回群像新人評論賞の結果が発表され、評論賞が分離独立して初めての「該当作なし」という結果になりました。実は私(岩尾俊兵)の「文学は何ができるか」という評論も最終候補作5作に残っており選評および座談会で取り上げられています。ここにそのダイジェスト版を公開しております。

 令和元年のタイミングでの該当作なしというのは、ある意味では批評の在り方を問い直すメッセージにもなっており、選評も非常に熱のこもったもので一読の価値ありです。ここでのダイジェスト版(元原稿の半分以下に要約しましたが初めから結論まですべて載せています)公開の目的は、現代の読者の方の意見を広く募り今後の評論作成の糧にするため、および完全版の完成度を上げるためです。なお今書き直すのであれば、2019年9月に出版された東浩紀先生の『ゲンロン11』にある評論「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題 」や対談「歴史は家である」、また山城むつみ先生の『文学のプログラム』、さらに大澤真幸先生のご指摘なども参考により古い様々な作品を踏まえたものになると思います。また原書を取り上げでいた『アウシュヴィッツのタトゥー係』の日本語版が双葉社から出版されるなど状況の変化もありました。これらについては留意いただければ幸いです(※元原稿投稿日は2019年4月)。また元原稿とダイジェスト版では縦書き/横書きやルビをふれるかどうかなどシステム上の違いが出てしまっています。


以下、ダイジェスト版本文

 文学に何ができるのか、あるいは文学は社会に対して何ができるか、と問われたとき、サルトルを囲んだ座談会参加者の返答は多分に悲観的なものだった(Beauvoir, S. de, Berger Y., Faye, J=P., Ricardou, J., Sartre, J=P., Semprun, J. Que peut la littérature? Union Générale d'éditions, 1965. 平井啓之訳『文学は何ができるか』河出書房新社、一九六六年)。まるで、文学には何もできない、あるいは、文学はむしろ現実の社会からの逃避としての意味をもつと言わんばかりである。だが、本当に文学は社会において主要な役割を果しえないのか、と訊かれたとき、サルトルらの答えはあまりに及び腰に過ぎたのではないか

 まず、ここでいう「文学」とは何か。サルトルの以下の発言が出発点となる。

発言者たちはすべて小説家であったため、文学はただ小説から成るものではないことを忘れていました。たとえば、評論もまた文学であり、それを文学から追放することはまことにむずかしいのです……。(『文学は何ができるか』一四五頁)

 ここでの議論の構成上も評論を文学から追放する必要性はうすい。というのも、文学に対して批判的な目がさらされてきたのは、これから見ていくように、社会の役に立つとされる「科学技術」との対比においてであって、科学技術との明確な区分があればそれで十分だからである。あるいは、科学技術の側から見れば、小説と批評との区分けはそれほど明確ではないともいえる。

 そこでたとえば、科学技術等の知識体系に対して、文学を「何かを物語ること、物語について批評として再度物語ること、しかもそれは現実との接点を持ちつつも完全なる事実でなくていいこと」ができるという特徴がある文体芸術として広義に捉えることもできるだろう。そうすると、少なくとも可能性としては、小説や批評に加え、映画などの物語をもつ映像作品もまた文学の範疇に含まれうる。そうすることによって、事実と推論の集合である科学技術と文学とは明確に切り分けうる。しかも、この事実性と推論の確実性を必ずしも求められない、という文学の自由さが、作家の精神世界にとってだけでなく、この世界すなわち社会にとっても文学が不可欠であるという論理的帰結に、後々重要な役割を果たすことにもなる。

 それでは、文学は何もできないのだと訴えてくるものの正体は一体何なのか。

 サルトルの座談会は、フランスにおける共産主義学生連盟の機関紙『クラルテ』の企画によって実現したものだが、そのきっかけと時代背景について平井啓之による解題に以下の説明がある。

一九六四年はサルトルにとって事の多かった年で、秋のノーベル賞受賞決定とその拒否とは、世界中のジャーナリズムの視聴を彼の周辺に集中させた観があったが、フランス本国では、すでにその年発表された、幼少期の特異な自伝『言葉』の好評が、久しぶりに文学者サルトルへの関心をひろく一般的なものにしていたのである。そして『言葉』の刊行の後で『ル・モンド』紙は、女流記者ジャクリーヌ・ピアチエによるサルトルとのインターヴィユの記事を発表したが、このときサルトルは、「飢えて死ぬ子供を前にしては『嘔吐』は無力である」「作家たるものは、今日飢えている二十億人の人間の側に立たねばならず、そのためには、文学を一時放棄することも止むを得ない」と発言して話題を呼んだ。(『文学は何ができるか』一八五頁)

 すなわち思想家・哲学者として脚光を浴びていたサルトルが、文学者として再度耳目を集め始めるやいなや、文学は「飢えた子供」を生み出してしまう社会あるいは現実に対して何もできないのではないかと吐露した。こうしたサルトルの問題提起に呼応して、緒言を『クラルテ』編集長のイヴ・ビュアン、討論をホルヘ・センプルン、ジャン・リカルドゥ、ジャン=ピエール・ファイユ、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、イヴ・ベルジェ、ジャン=ポール・サルトルの六人でおこなった。この座談会の緒言において発せられるイヴ・ビュアンの発言が議論の出発点になる。

実際、機械化され、技術が幅をきかせ、非政治化されたものとして念入りに描き出されているこの一九六四年のフランスにおいて、書くという行為に、いかなる意味を付与すべきでしょうか。(『文学は何ができるか』一三頁)

 機械化され技術が幅をきかせる時代というのは、科学が高度に発展した現代へと向かう時代を指すと理解していいだろう。そんな時代において書くという行為に意味が残っているかというわけである。いわば科学技術に比して文学は社会発展のために何ができるのか、そうした時代において文学は意味を持ちうるかというわけである。

 なお、文学に対して投げかけられるこうした疑問は、時代を超えて繰り返し問われ続けている。たとえば一九六四年からの半世紀超で、当時からさらに想像もできないほどに高度に技術が発展した現代において。そしてそれは、学問としての文学、ないし文学部の存在への疑問という形に姿を変えることもある。たとえば、吉見俊哉『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社、二〇一六年)は、文部科学省から各国立大学学長に宛てて提出された「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」という通知によって沸き起こった「文系学部廃止」の騒動について詳しく述べている。そこでは、ある意味ルーティン的に出されていただけの通知へのメディアの過剰反応という側面も示唆されてはいるが、その根本にある「儲かる理系」「儲からない文系」という軸による社会認知・社会評価についても語られている。同じ文系であっても比較的「儲かる」とされる経営学・経済学はあまり議論に対象とならなかったことからも、役に立つか・儲かるかという基準が大きな判断軸として社会の中に存在してきたことがわかる。すなわち、文学にとっての外なる敵とは社会の意思決定原理「社会のために役立ちうるか?」と問うもの、そうした問いの結果として文学不要論を突き付けてくるもの、といってもよいかもしれない。

 ふたたび、サルトルを囲んだ座談会『文学は何ができるか』に戻る。ここにおいて、小説家であり批評家でもあるセンプルンは次のように切り出す。

問題が提出されるとただちに、さまざまな文学サークルの微温的な空気の中で、ひそひそとした、ざわめくような声の回答が聞こえてくるように思われます。それはまた、権威的で、また多くの場合、権威づけられた声でもあるのです。つまりそれは、価値があり、強力でゆたかな作品の名において語るのです。それはきわめて簡単であり、討論が開かれるや否や、直ちにそれに締めくくりをつけてしまうような、文学は何一つなし得ないという回答です。(『文学は何ができるか』三一頁)

 ここでいう「強力でゆたかな作品」の例として、センプルンはボリス・レオニードヴィチ・パステルナークの詩をあげる。パステルナークは、詩人にとっては、詩を生み出すことがまさしく自然であって、そこに何かを動かそうといった意図は存在していないという。センプルンはここから、文学と政治権力とが結びつく危険性を指摘し、それとは違う形での市民運動の可能性を述べてもいる。また座談会において、センプルンに近い立場をとる人物として、イヴ・ベルジェは、「文学は人を死なしめることもないが、それは少なくとも生きることの邪魔はしない(前掲書、一二七頁)」と述べ、文学は現実にかかわりをもたないとする。ベルジェにおいては、むしろ、文学が現実にかかわりをもたないからこそ文学に価値があると考えているようですらある。

文学とは、そのおかげで、子どもが飢えて死んで行くことを、また誰か他の人、ペギーだかクローデルだかが言ったように、世界苦がその全盛期にあることを、筆者が忘れるためのあの手段なのです。(前掲書、一三七頁)

 こう告白した後に、ベルジェは、文学というものは「革命をも起こし得ず、不正をも防ぎ得ないものにすぎません」とまで断言する。ここにおいておこなわれているのは、現実社会と文体芸術との切り離しである。たしかに、文学を現実と切り離してしまえば、文学が現実の社会において何をなすのかという疑問はある意味では完全に切り捨てることができる。そんな質問は端的にナンセンスであると言ってしまえばいいわけである。そして、文学はむしろ現実から逃避する先、最後の楽園であると主張すればよい。この論法は容易には崩せないが、同時に、社会にとって何もしないという立場を積極的にとってしまうことで、文学不要論に対しては結局のところ答えに窮することになる。文学の側で現実問題をナンセンスとして片付けてしまえば、現実社会の側で文学をナンセンスと決めつける余地もまた生まれてきてしまう。

 この座談会において、ジャン・リカルドゥは、ベルジェ的な見方をさらに進めた立ち位置にいる。たとえば以下のような発言群である。

 こういうわけで、芸術としての文学は、人間の解放に対立するどころではなく、この解放にその真実の意味を与えるものなのです。(前掲書、七三頁)

そうです。文学とは、芸術としての文学とは、多くのことができるのです。それは人間を可能にするのです。(前掲書、七四頁)

そしてこれこそ、もしも文学が不断の現在的次元のものでないとすれば、その場合には、私はあえて申しますが、低開発国も、政治も、生死の問題も、一体いかなる重要性をもつのかと疑われることの理由であります。(前掲書、七四頁)

 リカルドゥにおいては、現実こそ意味をもたないとまでいうのである。それなくして政治も生死もどんな重要性があるのか、と。人間に意味を与え、人間という存在を可能にするのは文学であって、文学なくして人間がないのだから、生死もまた問題はなくなるのだ、ということである。人間が人間になるために、動物から人間になるために、文学という精神的活動、それによるコミュニケーション、すなわちリカルドゥの表現を借りれば、「読むことを可能にする(前掲書、七四頁)」行為が必要であるというのである。

 サルトルはというと、次のようにリカルドゥの立場を突き放してしまう。

「人間とは文学である」という言葉を耳にするとき、私はただちに、人間が文学へと疎外を生じたのだと了解します。なぜなら、人間の活動、ここでは文学活動であるわけですが、それを、リカルドゥがやったように、人間の本質に還元してしまうことは、私には全面的に不可能なのです。また、人間を文学的なものの本質とするのだ、と言ってみても、それは何の意味ももたぬでしょう。(前掲書、一四六頁)

 ここからサルトルは、読者の視点の重要性を説き、文学においては読者もまた同じく芸術の創造者であると議論を進めていく。そしていわば小説家・作家と読者との共創が、芸術に参加するという意義を人生に与えるというのである。そしてそれは抑圧からの解放でもあるという。文学を現実から乖離させたり、そもそもの現実の上位に文学を置いたりせずとも、共創という過程を通じて文学は現実の人生に意義を与えうる、と主張したいのだろう。こうした作用は、小説に親しむ人ならば、誰しもが感じたであろうものであり、そこに否定の余地はないと思われる。その一方で、これでは文学の意義はその時々の芸術的活動の幸福感、それによる人生の充実、といった狭い領域に矮小化されているようにも取れる。すなわち、「では、結局のところ飢えた子供に何ができるのか」と訊かれたときに、サルトルは、「残念ながら、やはり、何もできない」と答えざるをえないだろうということである。

 このように、『文学は何ができるか』という座談会での議論は、どこまでも悲観がついて回るのである。

 だが、皮肉にも、文学に対して疑問を投げかけてくる「社会の役に立つか論」、およびその論証道具としての経営学・経済学、具体的には(合理的)意思決定理論を正しく援用することで、こうした悲観論はまとめて一掃できる、というのがこの評論の主張である。

 しかも、ここまでに立ち現れた文学擁護の弁のすべてと両立・共存する形で、である。議論の前提として、「社会の役に立つのか論」が用いる論理に完全に乗っかってしまうことにする。論点をずらさず、むしろ相手の論理に完全に乗っかってしまうことで、相手はそこから出てきた結論を否定できなくなるためである。もし自らの提出した論理から出てきた結論を否定するならば、それは自己否定であり、議論の資格さえないだろう。そのため、文学の外なる敵の論理に従ってもなお文学の意義はいっそう際立つのであれば、それはもう文学の内外どちらからも動かされない。

 出発点は、近代経営学の祖でもありノーベル経済学賞受賞者でもあるハーバート・A・サイモンによる『経営行動:経営組織における意思決定過程の研究』(ダイヤモンド社、二〇〇九年。原書は一九四六年)『意思決定の科学』(産業能率大学出版部、一九七九年。原書は一九七七年)『意思決定と合理性』(筑摩書房、二〇一六年。元となった講演は一九八二年)の三冊である。これらの著書の中で、彼は、人間は日々大小さまざまな意思決定をおこない、それを実行することで生きていると指摘する。ただし、こうした意思決定には合理的な過程が存在しているというのである。

いま我々が森の中でキャンプをしていて、テーブルが必要になったと考えよう。テーブルを得るという問題を我々はどのように解決するのであろうか。我々は、この問題を次のように言い表わす。我々は平らで水平な木の板を必要としている。我々は周りにいろいろな種類の木と若干の道具をもっている。我々はつぎのように質問をする。我々の必要としているものと我々が手元にもっているものとの間にどのような差異があるのか、と。(『意思決定の科学』九五頁)

 ここで述べられているのは一般に目的―手段関係と呼ばれる。人間は、ある一定の目的や目標を与えられると、それを実現するさまざまな手段を思いつく。そして、その手段と現状との差分を把握し、手段を改良していく、というわけである。ただし、このとき、目標はどのようにして与えられるのか、という問いは残されたままである。この目標に関して、『経営行動』では、目標は組織から与えられるのだという、投げやりな解決がなされる。組織における活動においては、目標は与えられるものなのだから考察の範囲外である、ということである。だが、ハーバート・A・サイモンは、問題を残したままにはしなかった。個人の普段の行動、普段の意思決定についても、たとえば続く『意思決定と合理性』において考察しているのである。

 そこでは、目標が「注目」によって与えられるとされ、さらに、注目は外部環境や内部環境によってどこに振り分けられるかが決まってくるとされる。ここでいう注目の効果は、次のように考えてみると分かりやすいかもしれない。自分の身体という内部環境において、胃に一定期間栄養物が届けられず、一方でエネルギー消費は増加していったとする。すると、胃液は濃くなり、血中の糖は減少し、これらの作用が脳に対して不快感という信号を送ることになるだろう。彼が原稿を書いていたとすると、キーボードを打つ手は止まり、頭の中では、目の前の原稿が思うように進まない悩みから、食物を探すことへと注意が振り替えられる。ようするに単なる空腹をむずかしく表現してみただけなのだが、ここには人間の意思決定の重要な側面が表れている。つまり、人間はその時々で好き勝手なことをおこなうが、同時に環境が変化することによって、何に注目を向けるか、が変化する。人間は一度に注目できる対象はごく少数であるから、何かに注目するということは、他の目標を締め出すことになる。こうして、どれだけ優柔不断な人間であっても、食事をするか仕事をするか迷っているうちに餓死してしまうなどということは起こらないのである。

 すなわち、注目という行為は、必然的に集中をもたらし、集中によって行動がもたらされ、行動によって最終的に環境は変化させられるのである。もう一度、空腹な原稿書きの例に戻ろう。彼は、目の前の原稿にもう一二時間近く集中していて、まさに寝食忘れんばかりであった。だが、彼の内部環境は刻々と変化し、胃液濃度は増し、それに反して血中糖度は減ぜられ、その信号はついに空腹への注目をもたらした。そして、空腹に注目するやいなや、彼の目標は自分の発見を「文学は何ができるか:サルトルへの意思決定理論的返答」と題した評論の形で面白く(かつ、できれば美しく)表現したいという崇高なものから、ひとまず腹を満たしたいという卑俗なものへと変化した。そして、冷蔵庫に何かあったか、近くの牛丼屋に駆け込むか、いやカップラーメンがあったか、と様々な手段を思いつき、それが行動に結びついて、最終的に彼の胃袋は満たされる(牛丼屋は遠い、だからカップラーメンという手段に、ハムを加えて肉の要素という差分を追加した)。すると、もはや胃液と血液という内部環境は空腹状態以前のものに戻り、彼の注目は次第にまた、原稿へと戻される。

 このとき、注目には何らかの形状がある。そして、たとえば通常ありうるように普段の生活範囲にあるものは普段の生活を中心として、正規分布に似た形状で選択確率が高くなると考えるのが自然である。そうだとすれば、人間の普段の意思決定は、自分の生活に密着したものから順になされる可能性(確率)が高く、自分の目の前の生活との関わりが薄いものは確率的に無視されがちとなる。

 それは、たとえその個人が通常の同情心を持った優しい人物であっても、である。社会の矛盾への無視は、悪人によってではなく、むしろ最も平凡な善人によってなされるのである。だが、サイモンは『意思決定と合理性』において、こうした不条理の解決に文学が果たす役割を部分的に考察し、そこに希望を見出してもいる。

 まず、文学がもつ文脈の力は、個人の意思決定前提に入り込み、注目の分布を変化させるとする。辺縁にあったはずのものへ注目が集まり、それによって普段の生活では無視していたはずの情報を取り込み、それをもとに何らかの目標を設定した意思決定を導く確率が高まることがあるということだ。『意思決定と合理性』はまた、「情報が過多になった社会において、希少資源となるのはむしろ注目である」という視点から、社会の中で情報処理する個人という視点に拡大・拡張した議論をもおこなっている。

 人間の合理性・計算能力には一定の制限があるという限定合理性仮説という現実的な仮定を置くと、人間は社会にあふれた情報のうち何に注目するかを決められないと何もできない。そして、それゆえに、注目によって最終的な意思決定が方向づけられるというのである。このときサイモンは、文学作品が社会に果たす役割は、様々な悲劇への注目を(再度)引き起こすことにあるという。すなわち、情報が溢れる社会において、すぐれた文学作品は、その中で重要なものについて語りかけてきて、我々の注目を引き出し、意思決定を変化させる力を持つというのである。たとえば、SNSの普及によって、活字が、文字列が、文章が溢れている中で、文学はそれを編集して物語ることができる。この物語るという特性は、この論考において、文学の特徴として述べたとおりである。そして物語は、注目を通じて、日常の雑多な情報を一時的に淘汰してくれる。それによってたとえば社会全体が忘れかけている記憶を取り戻させてくれる。

 物語が持つこうした力は、たとえば、ある日のニュースからもわかる。

 痛みに身を悶えさせ、鼻血を出し、ときおりうめき声が上がる。人間ではない、カメの映像だ。そして、そこにはカメを苦しめる状況についてのテキストが付され、文脈が与えられる。苦痛の表現は種の違いを超えて伝わる。カメを苦しめていたのは、鼻の奥深くまで刺さった一本のプラスチック製ストローだったことが判明する。この情報は、こうした文脈とともにSNS経由で拡大するうちに、一大スキャンダルとなり、その流れを受けてスターバックス社がついにプラスチック製ストローを廃止するに至った。私自身は、本音をいえば便利なプラスチック製ストローを使い続けたい気持ちもどこかにはあった。だが、この映像、そしてこの文脈に触れた後では、それを使い続ける気には到底なれないのも事実である。

 苦しむカメの例のように、たとえばホロコースト、冤罪、貧困など様々な社会問題がこれまでセンセーショナルな文脈を与えられ、すなわち物語となって、我々に届けられてきた。こうした物語は、日常様々な情報を処理する我々人間の意思決定の優先度を変更する。明日の行動予定を変える力を持つのである。もしもセンセーショナルな文脈を届ける物語、文学がなければ、我々の生活は日常の些末な意思決定で支配される。今日のご飯は何か、帰りにお菓子を買っていくか、昨日の非礼を友人に謝るべきか、といった具合に。

 スターバックス社のCEOにとっても、ストローの素材の変更など、元々はコーヒー豆の選定よりも優先度が低かっただろう。だが、この文脈が社会に共有された瞬間に、ストロー素材選択意思決定問題が、まさしく経営問題として、緊急の課題として処理されたのである。

 こうして、センセーショナルな物語は、我々を驚愕させ、注目させ、その問題の解決へと駆り立てる。そうして、日常の意思決定に支配されていた我々は、わずかな間、社会を自己の問題として考えなおす。そしてそれは何らかの行動に結びつくかもしれない。センセーショナルな物語に触れる教養の力、感受性は、こうして世の中に行動をもたらし、意味を持つのである。ここで、カメとストローとをめぐる物語は、多分に編集され作り上げられたものである。いわば一種のフィクションですらある。だがそれは、現実に触れた誰かがそこに問題を感じ、情熱をもって物語に仕立て上げ、それを共有したわけである。もちろんこれは、The Tattooist of Auschwitzにおいても、『蟹工船』においても、『女工哀史』においても同様である。文学はまず、文脈を構成する力によって、個人の意思決定に入り込み、注目の再配分を可能にするのである。

 しかもそれは、作家の感受性に基づいた創作でもよいのである。だからそれは、事実の証明を必ずしも要求しないという点で、即時性を持ちうる。科学よりも文学の方が素早く問題提起を可能にし、それによる社会の新たな問題解決行動を導きうるのである。もちろん「飢えた子供」を前にして、サルトルほどの傑出した感受性があれば、それを文脈からほとんど無関係な形で、あるいは文脈を自ら即座に想像(創造)して、同情の念や義憤の念を引き起こすこともできるだろう。だが、通常の想像力を持つ人間にとっては、文学によって、物語によって、文脈を提示されて初めてこうした同情の念が湧くということも考えられる。こうした力が文学にはある。

 文学の力はこれだけにとどまらない。

 ここまで、文学が個人の内側において、注目の配分を変化させることで、意思決定の優先度を変化させ、それによってこれまでは取らなかったような新たな行動を導く場合を指摘した。たとえばそれはプラスチック製ストローの廃止かもしれないし、労働現場の改良かもしれないし、戦争反対の声かもしれないし、震災ボランティアへの参加かもしれない。いずれにせよ、文学、物語は、社会問題への注目を引き出し、個人の目標を変化させ、個人の行動を変化させる可能性を持っているのである。しかも、文学はまた、必然的に読者という他者・外部を必要とする。これについては、座談会の中でサルトルも一部ふれているが、自分のために書かれた文学でさえ自分という読者、その瞬間他者の役割を果たす自分を想定しているのである。だから自分にも他人にもなんびとにも読まれることをまったく意識しない文学というのは端的に矛盾である。そして、これこそが文学が社会において持ちうる第二の力についての考察の出発点である。

 さて、先ほどまで文学は個人の意思決定を変化させうると指摘した。このとき、ある物語によって注目箇所が変化させられ、意思決定前提すなわち目標を変更した個人は、次にどのような行動をとるだろうか。もちろん、行動もまた、サイモンが用いたテーブルの例のごとく、様々な案として立ち現われてくる。この中には、当然、この物語を他者と共有するという行動も無数のうちのひとつの選択肢としてありうるだろう。それは、ある物語について輪読するという形をとる場合もあれば、SNSで語る、書評を書く、お喋りの中で話題として取り上げる、などがありうる。しかも、結局のところ、こうした行動はその物語が書かれた本なり雑誌なりの売上増加という極めて経済的・現実的な帰結をもたらす。そして、この売上の増加が一種のシグナリングとなって、書店においてこの文学・物語が占めるスペースが増える、雑誌などで取り上げられる、といった状況が起き、ますますこの物語自体が注目を得る。そして、この物語によって、別の個人が戦争、貧困、災害などへの忘れていた注目を取り戻すことになるのである。これらはすべて、経営学・経済学的意思決定理論の予測するとおりである。

 文学は、本質的に、他者とのコミュニケーションの可能性をその内部に持つ。だからこそ、文学によって生まれた個人内の注目の変化は、他者にも同様に伝播していき、しかもこれが経済原理によって増幅されながら、時間とともに社会全体の注目の変化となりうるのである。これによって、何らかの社会課題に対して問題意識を持つ人間が同時に現れ、それが大きな声、大きな行動となって、課題解決していくという効果を、社会の中で持ちうるのである。

 だが、ここまで、半ば意図的に、こうした文学の作者について語るのを避けてきていた。それは、文学が社会に対して持つ三つ目の役割、すなわち注目の配分箇所と密接な関係を持ちうる。これまで、意思決定理論的には、文体芸術として文脈を創造すること、物語ることによって、文学には個人の注目を変化させる効果、さらにそれが社会全体に波及する効果をそれぞれ持ちうると指摘した。それでは、文学は社会の中で何に注目を与えるのだろうか。

 実は、これもまた、意思決定理論によって「その時点の社会において不足しているもの、忘れられつつあるもの、解決されるべきもの」であることが分かる。情報の中には、文学もまた含まれる。このとき、文学はありふれた主題をありふれたやり方で描いたとき「陳腐」とされ、そうでないとき「斬新」とされるだろう。もちろん、実際にはさらに複雑な評価がなされると考えられるが、大枠では上記のようになるだろう。そうだとすると、ありふれているかどうか、すなわち経営学でいう「差別化」は、他に似たような作品(価格・消費量の交差弾力性の高い作品)があるかどうかで決まる。すると、その社会において不足している視点、不足している描写、忘れられつつある視点、忘れられつつある描写、だけれども社会にとって重要なもの、を扱った文学がより高い評価を得る。もちろん、こうした評価をすべて無効化するほどの天才の仕事もありうるだろうが、平均的にはこうした論理に従うと考えられる。そしてこうした影響が、個別の作者に対して平均的に考えうるとすれば、それは全体に対して今度は確率的に影響することになる。そのため、やはりその時代に即した文学が生まれてくる、さらには広まる確率が、高まるだろう。

 だからこそ、震災が起こりつつも震災文学が不足している時代には、そうした主題の傑作の頻出が予測されるし、戦争の記憶を忘れた世代が増えてくると、戦争文学の魅力が復活してくるのである。The Tattooist of Auschwitzは、戦争の記憶が薄れる一方で米国の影響からナショナリズムが高揚しているカナダにおけるそのひとつの証左だと考えうる。そして、感受性において最先端にいるだろうと思われる作家たちによって、いち早くそうした主題が掘り起こされていくのである。こうして、小説家、評論家、作家の側でもそのときどきで社会に不足した要素を素材にして文学を生み出すことがありうるし、それを評論する側、単純に読者として楽しむ側も、そうした視点で重みづけされた評価を下す確率が高く、その相乗効果として、最終的にその時代にあわせたかのように特定の文学作品が生まれてくると理論的には予測される。「神の見えざる手」はやはり文学に対して少なくとも平均的には働き、それによって文学の持つ、その時代の社会に必要な視点を提供し注目される力は、よりいっそう増幅されることになる。

 このように、文学は、社会において不足しつつあるが重要な部分、忘れられた不条理、忘れられた悲しみへと、人々の注目を(再度)導くことができる。これにより、社会全体の記憶を呼び覚ます効果、新たな問題を提起する効果、そしてこうしたことによって日常を人間の頭の中から一時的に締め出し、社会課題解決へと人を駆り立てる効果、こうしたことが多数の人々の行動へとつながり、協働して社会を漸進させる効果があるのである。こうして、経営学的・経済学的意思決定理論をもちいればもちいるほど、やはり文学は社会の発展にとって不可欠であるということになる。

 だがこうした視点の萌芽は、座談会においてすでに語られていた可能性もある。ここまで、ある意味では、あえて取り上げてこなかったシモーヌ・ド・ボーヴォワールにおいて、である。

 もう一度、『文学は何ができるか』に戻る。

さて、私の文学についての考え方が、リカルドゥのそれではないことを、皆様申すまでもありません。私にとって、問題は人間によって、人間のために行われる活動に関わっていて、それは人びとに世界を開示することを目的として行なわれ、この開示が行動なのです。(前掲書、九五頁)

 ボーヴォワールにおいて、問題はあくまで現実にあり、行動にあるというのである。

作家は真に彼の興味をそそる事柄においてのみ、興味を引くことができるのです。もしも彼の興味の分野が狭く貧寒なものであれば、彼はわれわれに貧寒な世界を委ねることになります。彼は極めて限られた様式にもとづき、極めて貧しい方法によって、われわれとのあいだに意思疎通を打ち立てます。(前掲書、一一四頁)

 すなわち作家の視野が狭ければ、その作品の視野もまた狭くなるだろうという。人間は、社会の中で、言葉を獲得し、文体を獲得して初めて、社会における他者に対して物語ることができる。試験管の中で生まれて人も動物もいない白い壁で囲まれた実験室で育った人間が仮にいたとして、彼が口から発するのは、何のイメージとも結びつかない音にすぎないだろう。ましてやそれが物語として文学になる余地はほとんどないといってよいだろう。だとすれば、文学は、言葉を用いた時点で、その意思疎通可能性という点で、多少なりとも社会を必要とするのである。ボーヴォワールがいわんとするのはこうした点であろう。だからこそ彼女は、他者についてあきらめの境地にある「絶望の文学」は不可能であるといい、むしろ「参加の文学」の可能性を語るのである。

一方、カフカ、バルザック、ロブ=グリエは、少くとも一瞬のあいだ、別の世界のさ中に私が身を落ちつけるように私に懇請し、説得します。そしてこれこそ文学の奇蹟であり、文学を情報と区別するものです。それは他の真実が、他の真実たることを止めないままで、私のものとなるということです。(前掲書、百七頁)

 ここで語られることは、文学が単なる情報という特徴だけに留まるのでなく、さらに人間の思考に入り込むという特徴を持ったもの、すなわち注目を変化させ意思決定を変化させるもの、という意思決定理論的考察とほとんど同一といってもよいであろう。もちろん、意思決定理論が明確に援用されているわけではないが、ここでの議論の萌芽が見て取れる、ないし見て取れるように思えるほど射程の広い議論がなされているのである。少なくとも、ボーヴォワールの問題意識と意思決定理論とは同居しうる。

 文学は、世の中に存在する問題を作者の感受性において抉り出すことができる。しかも、その問題意識は、経済原理によって必然的にその時代の社会に不足したものである確率が高く、さらに同じ原理によって社会全体に増幅されつつ伝播される。そして、その伝播の過程において、文学は人間に対して注目の在りかを変化させ、最終的な意思決定を変更させる力を持つ。SNSを通じて活字が溢れる時代であっても、いったん物語が人間の思考に入り込めば、文脈の持つ力は、注目の振り分けという意思決定過程を通じて、ありふれた日常のルーティン的な会話の応酬を脳内から締め出す。しかも、それがまさしく物語であることによって、必然的に他者との共有可能性を持つために、社会的な運動となる可能性をはじめから持つ。こうして参加の文学が果たされるのである。

 このように、文学は人間を可能にするのではなく、人間性を可能にする平均的な人間は、飢えた子供を単純に知らないのである。あるいは、知ってもなお、自分の生活空間に入ってこないのである。だからこそ、誰かの感受性が世の中の不条理を読み取った時に、それは文脈として再構成される必要がある。そしてその文脈が、文学として社会システムと相互作用しながら、平均的な人間の意思決定さえも変化させる必要がある。これによって、社会がよりよいものになる必要がある。これを可能にするだけの力を文学は持つのである。しかも、これは科学や技術では不可能なことである。それは、科学や技術は「事実」を必要とするためであり、世の中の不条理を扱うには「適時性」と「網羅性」の点で不都合があるからである。

 世の中に確かに存在している不条理であっても、それを裏付けるデータが揃うまでには時間がかかる(適時性の限界)、あるいは入手できないデータがあると(網羅性の限界)、科学は沈黙するしかない。それどころか、ハンナ・アーレントが各所(たとえば『全体主義の起源』など)において示唆的に論じているように、あまりにも強大な不条理は、証言者さえも消し去って「なかったこと」にできてしまうかもしれない。たとえばそれはホロコーストですべての証言者が消し去られたり、いじめによって当人が誰にも悩みを相談できぬまま舞台から去るよう強制されたりという形で。しかし、アーレントが希望を見出しているのと同じく、この世からすべての感受性をなくすことはできず、ただ一人でも不条理を感じ取れば、その一人によって文脈が作られうる。しかも文学は、証拠の欠如を想像と創造で補って物語にする資格が最初から与えられているのである。

 文学は何ができるか。この問いが経営学的・経済学的におこなわれた場合、その中に含まれていた否定的な立場は、自らのよって立つ土台である意思決定理論そのものによって、突き崩される。それどころか、そのまま文学擁護の論理にもなるだろうと論じた。文学は、社会の中のいわば自律神経として、ただ一人から可能という意味で末梢神経として、その時代の社会に必要な視点・記憶を思い出させてくれ、それによって社会を健全に保ち漸進させることが理論的に予測できるためである。このように、文学の必然性は、それを社会から切り離さずとも、社会システムに内在しているといえよう。そのうえで、文学が現実からの逃避先として、あるいは文学が人間の条件として成立する可能性は、別の機会にまた別の可能性として論じればよいのである。

 だからこそ「文学は何ができるか」と問われたとき、いまや我々は、センプルンやベルジェとは違った視点から「その質問はナンセンスだ、あるいは矛盾である」と答えることができるだろう。なぜならば、文学へ向けられるこうした疑問の内側に、最初から文学の必要性は内包されていたからである。ここで述べてきたように、文学が本質的に持つ作用によって、文学は社会を発展させることができる。いわば文学は「飢えた子供」の存在をあらしめることができる。だからこそ、そうした不条理を社会から取り除くための運動を導くことができる。サルトルが飢えた子供に同情し、『ル・モンド』誌にて問題提起し、座談会の開催にいたったこと自体、彼の感受性が飢えた子供をめぐる物語と文脈とを感じ取り、彼の意思決定が変化させられた結果とも考えうるのだから。



アカウント登録をするとコメントを書くことができます