天職はどこにある

自分の天職はなんだろうか・・・

自分の天職や自分がなにをしたいのかを悩まれている方に、同じ悩みを経験したものとして、少しでもお役に立てればと思い記事を書かせて頂きます。
私は大学生のころ、何かに打ち込んでいる人を見ると、とても羨ましく思えました。一心に打ち込むその姿が、美しくも見えました。そんな羨望と同時に、自分も何かに打ち込みたい、夢中になれるもの、そして情熱を注げるものを早く見つけたいという焦りがありました。

無我夢中になれることの強さを私は小中学生時代にすでに感じていました。私の場合、それは野球でした。野球が好きで、練習が楽しくて仕方ありませんでした。休日も一人でずっと壁あてして過ごしていました。夏の朝6時からの早朝練習も待ちきれず、5時には集合場所に行っていました。うまくなりたい一心で、ボールを追い、バットを振りました。しかし、中学3年の時、名古屋から博多に引っ越ししたため、大会には出れず野球を続けられなくなりました。仕方ないと頭では分かっていても、その後、10年間野球の練習をする夢を見て目覚めることがありました。

野球以上に夢中になれることはないのか。
自分はどうやって生きていくのか。
何をして生きていくのか。

高校生の時は、漠然と考えていましたが、大学に入ると社会に出る前に決めなくてはいけないという焦りが日に日に強くなりました。生まれたからには、絶対に理由がある。使命がある。それは何なのか。どうしたら見つけられるのか。こんな悩みを誰に相談すればいいのか分からなかったので、それらしいハウツー本を読み漁りました。「好きを仕事にしよう」「自分の得意の見つけ方」・・・何冊読んでも解消されませんでした。いろんなスクールにも通い、自分の興味を掻き立てようとしました。映画も興味があったので月に何度も映画館に行き、映画を見ていました。野球を超えるような興味があるのか、自分で自分を試しているようでもありました。天職・使命探しは、やがて自分探しとなり、混迷を深めていきました。哲学書を読み出したり、ダライ・ラマの本にヒントを求めたり、ついにはイタリアやイギリスに行き、教会を巡って、宗教を触れれば自分の存在理由に決着がつくのではないかかと知らず知らずに自分を追い込んでいました。結局、私は答えを見つけられませんでした。そのため、何を仕事にするかは、消去法で決めました。


社会人になってからも、自分の天職・自分の使命という悩みは、鉛を飲んだようにずっと心にありました。使命が見つからない=生きる意味を見出せていない・・・と自己否定に走りがちでした。その思考を払拭するために、もう限界だというくらい働きました。それは成果が出せれば、社会に役立っている証拠であり、自分の存在意義を確認できる唯一の手段だったからです。「自分を諦めたくない」。若い時は、その気持ちが強かったです。そのため、与えられた環境で、与えられた仕事を全力でやりました。目の前のお客様にどうすれば貢献できるのかを考え、先輩や結果を出しているメンバーにどうしたら成果が出たのかを聞き、取り入れられるものはすべて真似しました。そうすると、だんだん社内だけでなく社外で応援していくれる方が増えてきました。

仕事に打ち込むことで、真剣に仕事に向き合い、尊敬できる人との出会いが増えていきました。その出会いが、私の心を高揚させ、満たされるような感覚もありました。天職や使命へのアプローチとして、この方法が正解なのかは分かりません。ですが、仕事をもっともっとやろうと自然と思えるようになりました。いつしか、私は仕事に没頭していました。私が目指していた使命に届いていませんが、それに近づいている実感はありました。その後、私はこの状態を20年続けました。続けたと云っても、確信をもって続けたのではありません。求道者のように、ただひたすら正解を求めて走っていたという感じです。

しかし、昨年、使命・天職という悩みにようやく終止符が打たれました。
私は永らく、現場の営業責任者と同時に会社の経営に携わってきました。そこでM&Aを経験し、企業と企業が一緒になることの難しさと苦悩を味わいました。スポンサーになってくれた会社に対して感謝があるからこそ、うまく機能しないことが申し訳なく、また社員に対しても心苦しさを感じていました。その時、体感したのが「ビジョン」の大切さでした。M&A後、新しくなった会社が何を目指し、どのようなことで社会貢献をしていくのか。そのビジョンがあることで、組織は立ち返る場所と判断根拠と全員が志をひとつにできるのだと学びました。M&Aから2年が経ち、自分の役目を終えたと感じた時、ふと再び、使命・天職という言葉が心に浮かびました。その時は、天職というよりも、もっと人生の全体をとらえている「使命」に比重がありました。何十年も抱えてきた悩みは、もはや答えの出ない人生の宿題のように感じていました。そんな時、出会ったのがPandoでした。

Pandoを知り、Pandoが何をしようとしているのか、その旗振り役である松下社長とはどういう人物なのか、Pandoの記事を読めば読むほど、興味を掻き立てられました。私は興奮して記事を読み返しました。そして、ようやく「見つけた!!」と思いました。「ビジョンを持って生きる」。このことは、ずっと私が悩み、考え、そして仕事においても体験してきたことです。私は、すぐにクインテットの門を叩きました。IT業界にいた訳でもなく、年齢も若くもありません。そのまま取締役として会社に残ることも出来ましたが、私の中ではPando一択でした。幸い、私は入社を許されました。そして、入社後に、さらに自分なりに理念、ビジョンについて考えを深めました。ただ、入社して間もなくは、Pandoをやりたいという思いはありましたが、自分のビジョンを表現することが出来ませんでした。しかし、松下社長の「ビジョンはどこからやってくるのか」という記事を読み、自分の内面にあった想いをビジョンとして言語化することができました。書き終えた時、とても晴れやかな気持ちになりました。Pandoは、会社の事業であると同時に、私のライフワークとなったのです。

天職・使命について、振り返ってみると、天職は探し求めるのではなく、目の前にあること(部活・仕事)に本気で挑み続けることによって、いつしか天職に導かれ、歩んできたその道こそが天職になるではないかと私は思うに至りました。最後に、1冊の本をご紹介させてください。

ビジョンはどこからやってくるのか?

松下 耕三
株式会社クインテット

ど真剣に生きる(稲盛和夫著)

誰もが知る経営の神様である稲盛さんの本です。ある尊敬する経営者から勧めて頂いた本です。私は、稲盛さんは最初から使命を持ち、天職と出会い、今に至っているのだと思っていました。しかし、私が思っていた稲盛さんのイメージとはまったく違いました。希望した大学には行けず、就職活動もうまくいかず、ようやく就職できた会社も入社した初日に辞めたいと考えていました。実際、同期は全員半年で退職。しかし、稲盛さんだけはお兄さんが転職を認めず、会社に残るしか道がありませんでした。逃げ場を失ったことで開き直り、考え方を変えるようになりました。そして、今ある目の前の仕事に打ち込む覚悟を決めたのです。すると徐々に変化していったのです。以下は、本の一部抜粋です。

決意も新たに鍋、釜、七輪を仕事場に持ち込み、朝から晩まで仕事に心血を注いだのです。すると、不思議なことに、素晴らしい結果が出るようになった。そうなると、不平不満をこぼしている暇もなく、努力すること自体が快感になってきます。

心の持ちようを変えた瞬間、私の人生を転機を迎えた。仕事に打ち込むことで、すべての憂いや悩みから解放され、心が明るくなり、人生の歯車までも順回転し始めた。

いま目の前にある仕事を、自分から好きになる努力をしなければ、仕事のおもしろさなど永遠にわかならい。

もし、ビジョンについて、考え、悩むことがあれば、クインテットでは定期的に創業者セミナーやビジョンセミナーを実施しています。是非、ご活用頂ければと思います。コロナで世界がショックを受けているときだからこそ、自分の軸をぶらさず、ビジョンに立ち返り、何を為すべきか、社会のために何ができるかを考え、行動していければと思います。


いいね
岩尾 俊兵
2020-03-17

創業者セミナー良いですね!
ちなみにベンチャー通信で、麺食の話も拝読しました。
最近、「風呂敷を広げる人の周りに風呂敷を畳む人がいて必ずイノベーションが生まれる」という話をきいてなるほどなと思いました。
児島さんはまさしくプロフェッショナル風呂敷畳み人だと思いました。

児島 誉人
2020-03-17

岩尾先生、コメントありがとうございます。記事、ベンチャー通信をご覧頂きありがとうございました。日々、勉強で昨年のクリスマスに先生の本を購入し、可能な限り、自分を向上させるよう努めています。今後も、ご指導をよろしくお願い申し上げます。

岩尾 俊兵
2020-03-17

本当ですか!
ありがとうございます!
こちらこそよろしくお願い申し上げます。

関連記事

MENU