私の心に息づく決意

どんなに懸命に生きていても、思い通りいかないことがある。自分の努力が足りないのなら、まだ消化はできる。しかし、交通事故や突然の病などは自分の力ではコントロールができない。どうして自分が・・・どうして私の家族が・・・どうして私の大切な人が・・・とただ茫然と立ち尽くす。悲しみと対峙したとき、何が人を支え、何が人を救うのか。

今週、同志の1周忌だった。
私より一回り以上年下の女性。結婚し、赤ちゃんも生まれ、さらに新しい会社で働ける喜びを感じていた。年賀状のお礼をメッセンジャーで送ったら、ご主人から電話があった。「数日前に突然病で倒れて、亡くなった」。信じられなかった。怒りとも悲しみともつかない感情がこみあげた。歯を食いしばるばかりで、言葉が出なかった。一番辛い思いをしているご主人にかける言葉もなく、私は電話を切った。

自分のことより周りの人のことばかりを考えている人だった。いつも笑顔で、人を元気づけ、勇気づけていた。私も勇気づけられた一人。メッセンジャーの履歴を見て、改めてそう思った。

「新幹線の事件をみて、児島さんが乗っていないかと思ってひやひあしました。。。」
「地震がありましたが、ご家族は大丈夫でしょうか??」
「今日、お会いした方がいるのですが、児島さんの仕事に繋がるのではないかと思い、連絡しました」

彼女との出会いは、前職での面接だった。
スキルはまだまだだったけれど、彼女の話す言葉に心からの献身性を感じた。熱さとか必死さとは少し違う。「人を笑顔にしたい。役立ちたい。世の中に貢献したい」と心の底から思っているからこそ表れる、あたたかみを感じた。まだ20代前半の彼女だったけれど、エンジンを積んだ彼女は会社の体質を変える人物になるかもしれないと大きな可能性を感じた。彼女に入社してほしい、一緒に会社を変える仲間になって欲しいと思い、家から近い支店ではなく、家から片道2時間かかる本社での勤務を打診した。もはや面接ではなく、私のプレゼン状態だった。いくつか内定をもらっていることは承知していた。他の内定先より不利な条件なのも分かっていた。それでも、私がなぜこの仕事をしているのか、どう業界を変え、会社を変えていきたいのか。面接用のフレーズではなく、本気で人を笑顔にしたいと思っているあなたと仕事がしたいと説得を続けた。同じ世界を目指すものとして、彼女は入社を決意してくれた。

入社後、私の目指す組織と現状の乖離に彼女は怯むどころか逆に腹をくくったと思う。通勤に2時間はかかるのに、誰よりも早く出勤し、社員を笑顔で迎えてくれた。そんな彼女を社員は受け入れ、仕事を教えた。次第に、彼女を中心とした輪が出来ていった。そうなると、教えていた側の社員が、彼女に相談をするようになった。「このデザインどう思う?」「こんな企画はクライアントにどうかな?」。彼女は、ひとつひとつに真剣に向き合っていた。社内の信頼が増せば増すほど、相談や依頼は多くなった。それだけでなく、上司の仕事も自ら行動しフォローをしたり、新商品に取り組むなどチャレンジする姿勢は勢いを増していた。必然的に帰りは遅くなっていたが、どんな状況でも、次の日の朝には社員を笑顔で迎えていた。

そんな時だった。台風で彼女の家が被災。浸水し、生活にも支障が出た。私は、役員会で会社から彼女に見舞金を出そうと提案した。しかし、規定がないとか、基準を作らないと不公平だという理由で却下された。会議で感情的になったら負けだと分かっていても、感情を抑えられなかった。何が規定だ、何が基準だと怒りが収まらなかった。彼女の献身性に報いられない自分の無力さに一番腹が立った。しかし、彼女が被災したと知った社員達が立ち上がり、彼女のために有志としてお金を集め、見舞金として送ることができた。彼女の献身が、皆をひとつにしてくれたのだと思った。見舞金を受け取った彼女は、まだ日常生活が戻っていないにも関わらず、出社し、お礼ですと云いながらお菓子を配っていた。「お菓子をもらったら、見舞金の意味がないじゃん!!」と社員は笑っていた。彼女らしいと思った。


その後の活躍は、目覚ましかった。私が苦労したことがひとつある。それは、彼女の担当顧客からのクレーム。課題があるエリアや新規のプロジェクトに彼女を投入するとき、担当顧客を引き継ぐ必要がある。そうなると必ずクレームになる。「なぜ彼女を外すのだ」「彼女じゃないと困る」なかには、彼女を外すなら契約を解除するという顧客もいた。彼女の輪は、社内だけでなく確実に社外にも広がっていた。

出産を機に彼女は退職した。
その後、私も会社を去り、クインテットに入社した。噂で私の転職を知り、彼女からお祝いのランチをしましょうと連絡があった。彼女は出産後に、IT会社に就職していた。同じITへの転職に「アナログ人間がIT会社に入って驚くことあるある」をケラケラと笑いながら話していた。今思うと、この歳でITへ転身する私が不安に思っているのではないかと考え、若い自分の苦労や失敗を紹介することで、私を勇気づけようとしていたのかもしれない。別れ際、「どんなポジションになっても、現状維持より成長の道を選ぶ児島さんは素敵です。勝手に目標にさせて頂いています」と、いつの間に用意していたのか、手土産を渡しながら伝えてくれた。彼女のエールだと思った。

ランチ後、彼女からメッセージが届いた。
「私は妊娠中や子育て世代を中心にアプリやWebコンテンツを通して、世の中を少しでも笑顔にしていけることができたらと思っています!!」。さらっと送られた決意。彼女らしいと思った。彼女の決意を見て、不思議と力が湧いた。

私には、決めていることがひとつある。
彼女の子どもが物心がついたころ、あなたのお母さんが、どれだけ素晴らしい人だったかを伝えようと思う。どれだけ献身的に人に尽くし、多くの人を笑顔にしていたかを伝えたい。その時、子どもの目に私はどう映るのか。私の生き方には責任がある。

1周忌。
まだ信じられない。この悲しみに対峙したとき、心の救いになっていることがある。それは、彼女の「人を笑顔にしたい」という思いが、私の中で息づいていること。これからも同志として共にあると信じている。


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熊川 友理
2021.01.31

児島様

お世話になっております。
児島様の大切な方の大切な想いが、児島様の中で生き続けていることは、同志の方もきっと喜んでおられることと存じます。
未曾有の出来事は予測不可能です。
今を大切に、今に感謝しないといけないと、児島様の記事を拝見して強く感じた次第です。
私も与えられた役割を全ういたします。

児島 誉人
2021.01.31

いつもお世話になります!! 読んで頂き、ありがとうございます。いつも謙虚で、いつも周りの方に感謝されている熊川さんが「今に感謝」と言われると改めて重みを持って受け止めることができます。いつもサポート頂き、感謝申し上げます。

れな
2021.01.30

お疲れ様です。
早速児島さんの記事をご一読しました👀
どんな事でも、思い通りにいかないことや責任はありますね。。。
私も「人を笑顔にしたい」という気持ちが強いです。

児島 誉人
2021.01.30

記事を書きながら、ふと彼女は、れなさんと似ているなと思いました。れなさんも「人を笑顔にしたい」と思い、行動されているからこそ、重なったのだと思います。いつもありがとうございます。

れな
2021.01.30

こちらこそ、ありがとうございます、
引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

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