【研修資料】学生と社会人の違いについて

※本記事は新卒社員研修用に執筆しています。
※研修用資料なので、とてつもなく回りくどく解説してます。

4月を境に、「学生」から「社会人」になった皆さん。
時間でいえば、2年生が3年生になったのと同じく、次の1年が始まったに過ぎませんが、「学生」と「社会人」では様々なことが決定的に変わります。

これから先、様々な研修や実技などを経て、実務・実戦という社会人としての役割を果たしてもらうことになりますが、その研修を行う前に、これから学ぶこと・身につけていくことが何故必要になるのか、それを学生と社会人の違いという点から解説します。

※あくまでも私個人が考える観点での解説ですので、多少の見解の相違はご容赦ください。

与えられる側と産み出す側

余程特殊、過酷な家庭環境でない限り、これまでの「学生時代」には、誰かから、何かから、あらゆる物を与えられて生きてきていると思います。
「環境」も「生活」も「学習」も。
つまり「与えられる側」でした。

これからは、自分自身が与えられたものを、自ら産み出す側になります。
生きていくために必要な、お金や、あらゆる環境(インフラやテクノロジー)の生産や維持、教育環境・文化など、その全てが大きく分けて「社会人」と呼ばれる人々の社会的活動によって生み出されています。
皆さんもこれからは、その「産み出す側」に立つことになります。

立場が変わることによって、大きく変わるもののひとつが【責任】です。

これまでは「与えてくれていた人たち」がいくつもの責任を担保してくれていたと言える状態でしたが、社会人になると、その責任の多くを自らが持たなければならなくなります。
【責任の所在】が自分自身に変わります。


学習の違い

学生時代の学習を一言で言い表すと「可能性の享受」といえると私は考えます。

学生時代によく「なんで数学なんて勉強しなきゃいけないんだ?」と考えたりしたこともあると思いますが、その理由が「可能性の享受」です。

この先どのように成長し、どのようなことに喜びを感じ、何をしていきたいと思うか、更にそれを成すために具体的に何をしなければならないのか、を明確に幼稚園や小学生低学年の頃に思い描けている人はかなり少ないと思います。

なので、そもそもどのような選択肢があるのか、という一端を伝えるために、社会生活において必要とされる可能性があるものを全て均等に教える、というのが若年層での教育の基本です。

スポーツ選手になる可能性があるから「体育」もあるし、設計士になるためには「算数」が必要・・・といった具合に。

「小学生」〜「中学生」〜「高校生」〜「大学生」と年齢とステージを重ねていくに連れ、小学生の時の「理科」から中学生の「科学」になり「有機」と「無機」になり・・・といった具合に、細分化や専門化していくのは、少しずつ見定められた【方向性】をより具体化するため、です。

そしてその先にある「ゴール」に集約していきます。
その「ゴール」で最も顕著なのは「就職」です。

「就職」という一旦のゴールを迎えると、「社会人」になるわけなので、そこを起点にして、次は「社会人」として必要なことを学ぶフェーズに移行します。
そのひとつが「研修」です。

研修は、ある一定期間、「実生産」よりも「習得」を優先させ、初期段階での到達・醸成をより効率的に行うことで、その後得られる「実生産」までの期間短縮と「生産」の精度をより高めるために行うものです。

これまでの「可能性を広げる」ための学習とは異なるため、その習得具合そのものにも「責任」がつきまといます。
だからこそ、この研修で得られるものはひとつでも多く身に付け、モノに出来なければなりません。

その「生産」は、会社という集団に直結しているものですので、学生時代の試験のように、成否や合否は自分だけに影響するものでなく、組織全体に影響を与えます。

社会的活動においては、個人単位ではその「過程」も重視されますが、組織単位での生産だけに焦点を当てれば、最も重視されるのは「結果」です。
売上がいくらだったのか、どれくらいの期間でいくつ生産できたのか、社会的にどれくらいの貢献があったのか・・・など。

「求められる生産を行えているか」という基準で判断させるので、研修で身につけたかどうか、などは問われません。

つまり、社会人の学習は、責任を果たすための手段として必要とされるもののひとつなので、自身の責任下で自らの意思で行われなければならないものである、ということです。

何が言いたいかというと、「社会人における学習は、与えられて当たり前ではない」ということです。
「生産」という結果を出すために必要、不足しているのであれば、自ら積極的に行っていかなければなりません。
そうでなければ、与えられた責任を全うすることは出来ません。

もちろん「社員」と呼ばれる方々は組織にいろんな意味で守られているので、自己学習も含めた「成果」の対価を組織からもらうことになるのですが(分かりやすいものは「給与」)。

実際には、社会人には同時に「組織における規律の厳守」というものがあるので、各種コンプライアンス研修や業務マニュアルの習得などと言った要素も含まれるので、実質的には、全く研修がない、というような状況はあまりなく、実務の中に織り込まれるなど、手法が組織によって異なる場合があるだけだといえるでしょう。


社会人としての学びの根底にある「理由付け」

学生時代は知識を深める、広めるために様々な事柄を学習しますが、先に述べたように「可能性の享受」という目的が前提にあるため、往々にしてその「理由付け」はされません。

しかし、社会人における学習においては、その「理由付け」をしっかりと認識することが肝要です。

  • 図面設計において、正確な角度と距離を求める必要があるため、三角関数を学ぶ
  • 取引先が海外にあり、担当者と英語で会話をしなくてはならないため、英語を学ぶ
  • 職務遂行上の問題を回避するために、責任感を持たなければならない
  • 重要なことを聞き漏らす、忘れる、などを避けるために、メモを取らなければならない

この先、より生産を高めるためには、◯◯が必要になる、という観点から学ぶのです。

つなり、学生時代は「学習」が先にあってその中から道を選びますが、社会人の「学習」では、ある進むべき方向性が先にあってそこを進むために「学習」という手段を講じる。
という「理由付け」があるのです。

だから、「やって」と言われてやるものではないのです。
その「理由付け」に呼応して自ら学習しなければなりません。




【違い】については、以上です。

これに続く話としてより具体的な「仕事」については、以前執筆した以下が参考になるかも知れません。
https://pando.life/qwintet/article/20712

プロフェッショナルの「仕事」とは

牛尾 好宏
株式会社クインテット



=うしお=


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ストック
かんた
2021.04.04

うしおさん記事にしていただきありがとうございます😊
改めて社会人と学生の違い、研修してもらえることが当たり前ではないと言うことについて考えることができました。
研修で少しでも多くのことを吸収できるだけ吸収し、研修で成長できた分をクインテットに貢献という形で返していけるように頑張ります!!!
うしおさんの研修とても楽しみです!!!
全力で挑むのでよろしくお願いします🙌💪✨

牛尾 好宏
2021.04.04

先に読んじゃったね?
この話の詳しい解説を明日行います。
先に読んでると理解が早いと思うので、助かりますw
明日はちょっと長丁場なので、飽きさせないような内容にすべく、いま調整を重ねています。
よろしくお願い致します。

かんた
2021.04.04

読めたので先に読んじゃいました笑
たくさん準備していただき本当にありがとうございます!!!
明日は何卒よろしくお願い致します。

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