書籍「自分の壁」 

言葉は最初からウソなのです。現実とは直接関係ない。
(『自分の壁』,養老孟司 新潮新書 より。)

ちょうど自分が新卒で社会に出た時に一度読んだ本書を読み直しました。
日本人という群衆の中に居て、それらの特性を無意識的に排して物事を認識しようとしていたことに改めて気付け、改めてどう行動するかを考えるきっかけとなる本です。

Pandoを扱う中で、「自分」という概念的なモノを捉えようと日々頭を捻っています。このテーマは多くの先人が問いを立て、それぞれの問いがあるのでそれらから解らしきモノをえることができるでしょう。現代の自己啓発本であれば、ビジョンの重要性など通底したエッセンスがあり、普遍的に全ての人々に通用するように思わせられます。

しかし、どうも自分に馴染みがありません。本書にはこの違和感を解消し、再び自分なりに一歩踏み出すための知恵が散りばめられています。特にテーマがマクロとミクロの視点行き来することで「自分」というモノが個ではなく、環境・国家・世間など他者との結びつきの中にこそ存在することを自覚させられます。

さらに、自分の「意識」の頼りなさを突き付けられます。手痛いことに、言葉は現実と関係なく、人が具体的に動いた時こと現実が動くということを大変つまびらかに述べています。ここで最も鮮烈に思い起こされ結びついたのは、かの名著の一節です。

我々が人生の意味を問うのではなくて、我々自身が問われたものとして体験されるのである。人生は我々に毎日毎時間問いを提出し、われわれはその問いに、詮索や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならないのである                                     (『夜と霧』,ヴィクトール・E・フランクル より)

豊かになり多くの社会問題を考えられる余裕が生まれた現代では、その豊かさ故に無意識のうちに「自分が人生に何かを期待するだけ」という状態を作っています。これが、馴染めない違和感の正体だと思います。

日々毎日の中で起こる選択の中で、自分ではない存在しない何かに期待をしています。その習慣が、自分以外を包括する思想を無意識に拒絶させます。「人生」が自分に対して期待していることという視点を持つことを避けたがるでしょう。個人主義が唯一絶対と夢想して、自己中心的に物事を考え行動しない理由を濫造しています。

期待はいくら蓄積してもただの情報です。行動を以って応えてこそ意味を持ち得ます。人生からの問いに行為によって答えられるのは、自分だけであり、代理不可能です。人生からの問いというと他者の期待に応えようというのかと思われますが、自分にしか答えられない問いに気づき、応答しているか、と自問することです。

日々の選択の中で、迷い、挑戦し、失敗し、ということを怠らず繰り返すことで「自信」をつける。その時に大きく迷わないための北極星となることがビジョン、マインドのひとつの役割ではないかと思います。

目の前のことから逃げず、自分の頭で考え、挑戦して「自分」を育てていきます。

それにしても、言葉を探すと自ずと自分の中から伝えたいことがでてくるモノで、めっきり絵を描いていませんでいたがこの本を読んだ後自然と筆を執っていました。

れな
2021.07.28

日々の積み重ねを繰り返す事で、自信がついてくる
事がよくあるのでとても共感出来る記事でした!

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