年の瀬に人生の意義を考える

どうも、株式会社クインテット・デザイン部の牛尾です。

執筆開始時点であと1時間半後には2020年です。
相変わらず紅白見ながらの執筆です。
いや、やはり「グランドエスケープ」からの「大丈夫」は神がかってますね。

で、今年を振り返って・・・と思ったのですが、出来事よりも、自分が何を考えていたか、が強烈に思い返されたので、そんなような話を書こうかと思います。


人生の意義を考える

会社の中で重要な役割を担うことになったり、これまで以上に部門長・所属長として行っていかなければならない責務が増している自分の状況の中で、これを考えなかった日はないのではないかと思うくらい、常に自問自答していました。

社会で生きる以上、様々な人たちと関わっていかねばなりません。
そして多くの人たちと関わっていくことになれば、当然、より多くの意思に触れることになります。
常に一致した意思の元で物事を成せるわけでもありません。

じゃあ自分の意思は不要なのか?

そんなわけない、というか、それは無理です。
人間は絶対に感情を消せない。
消そうと思うことがそもそも不健全です。

人間として生きているのに、人間としての尊厳をなくしてどうする、と。

じゃあどうすればいいのかっていうと、逆説的に、絶対的な自分自身の意義を設定する、ってことだと思うのです。

荒れる波間で自分を見失わず航海を続けるためには、指針となるべき「コンパス」が絶対に必要です。
それがなければ容易に迷い、見失い・・・いつかは沈没です。

そのコンパスこそが、【人生の意義】でしょう。


意義を見出す方法

どうやったらそれを手に入れられるかは正直私もわかりません。
絶対的な方法を知ってる方がいたら今すぐご連絡ください。
私が一番知りたいですw

では終わらせられないのでちゃんと考えると・・・

少なくとも、頭で考えてもやもやして結局何もやらないくらいなら、大した考え浮かばなくても成功がイメージできなくても、まずはとにかくやってみることかな、と思います。

楽しそうじゃなかったら、どうやったら楽しくなるかを考えるべき。
どうやったらそれに価値が出るのかを考えて実践するべきです。

環境や周囲のせいにして何もやらないんだったら、結局、自分も状況も変わらない。
それで人のせいにして「◯◯が悪いからできないんだよ」って言っちゃうって、それってダサくない?

やってみてダメだったら、また別の方法を考えて実践すればいい。
時間は有限なので、できる限り考えてより効率的な方法を探したほうがいいので、切り替えは早くしたほうがいいです。


固執せず柔軟性な思考を心掛ける

はい、そうなんですよ、切り替えが重要。

「絶対的な意義」とか言い出すと、必ずと行っていいほど「自分を曲げない」と定義してしまう人がいるんですが、それは違います。
大きな勘違いです。

頑固になれということではありません。
むしろ、究極的に柔軟にならなければ「絶対的な意義」とはいえません。

水ですね、水。
水はどんな形状のコップであれ器であれ、ちゃんとカタチに合わせることができる。
そして水は人間が生きるためには不可欠。
柔軟性と表面張力という絶対的な物理的特徴があるから、その不可欠性が存在し得るのです。

でも別に誰かに迎合しろってことじゃない

本当に信念があって、それに価値を見出していて、それをちゃんと訴えかける手段を持っていれば、誰に迎合しなくてもその価値は必然になるはずです。
ならなければ、いずれにしてもどこかで自分が至っていないってことです。
情熱なのか、努力なのか、考えなのか・・・とにかくどっか足りてないんでしょう。

つまり、絶対的な何かを成すためには、「絶対にぶれない芯」を見出し、それを行使する手段を「何ものにも固執せず周囲の状況に合わせて変化させる」、ということだと思います。


ダサくなくありたい

私最近、事あるごとに「それってダサくない?」って言ってる気がする。
「ダサくない」ブーム中w

でもこの「ダサくないか」ってめちゃめちゃ重要。

「ダサい」って、他者から受け入れられていない状態ですからね。
ってことは、それには価値はないんです。

自分がどれだけ「良い」と思っていても、少なくとも社会生活を行う上で他者から受け入れられないってことは「価値なし」なんですよ。
それって致命的。


人生は自分ひとりのものじゃない

妊娠中の妊婦さん的な物理的な意味じゃないですw

意義とともに成功に絶対的に欠かせないのは、「対話(=コミュニケーション)」です。

だって、人生は自分以外の絶対的多数によって構成されているからです。
よほど山に籠もって仙人みたいな生き方しない限り、そうじゃなく生きるのは無理です。

だとしたら、その芯となる意義が「自分だけのもの(=エゴ)」であってはいけません

ではそれをエゴじゃなくする方法と言ったら、自分以外の他者をどれだけ知れるか、理解できるか、話を聞けるか、ってことです。

そのためには「対話(=コミュニケーション)」は不可欠です。

ただ自分の意志をしゃべるだけじゃダメです。
【対話】とは、「向かい合って(対して)話す」ということです。
相手に対さないといけません。
正対するということは、対等でなければなりません
立場や権力などと言った無意味なものは全て取り去って、ちゃんと聞けなければ、対話になりません。

下の立場だからと遠慮する必要もないし、上の立場だからといって押し付けてはいけない。
それではいつまで経っても完全には程遠い。

サラッと書いちゃったんですが、「立場」とか「権力」って、責任を担保するために保有すべきもので、実力を行使するために存在するものじゃないってモノだと思ってます。


努力すれば夢が叶うなんて幻想にすぎない

残念ながら、成功は努力だけではダメです。

成功を夢、と例えるならば・・・

「努力すれは必ず夢が叶うなら、みんなの夢が叶うけど、そんなことはあり得ない」といったようなことを北野武さんも仰っていました。
「努力は平気で嘘をつく」とダルビッシュ有投手も仰っていました。

努力は成功の方程式でもないし、お守りでもありません。
努力は必要最低条件です。

「努力している人は成功する」のではなく、「成功している人は等しく皆努力している」ということです。

これに気付いていない人が実に多い。

努力したってやり方を間違えていたら絶対に成功しないし、残念ながら命がけの努力をしてもなお叶わぬ夢はゴロゴロあります。

だからといって諦めますか?

宝くじだって、滅多に当たらなっからって買わなかったら絶対当たらないわけで
当てたかったら買うしかないわけで
宝くじだったら「まいっか」で終わらせられるんですけど、人生の成功となると、「まいっか」じゃあすみませんからね。

最近、「情熱足りてますか?」とか「情熱足りてませんね」って言葉をよく耳にするんですけど、それも同じです。
持ってて当然なんで、問うてる・問われている事自体が私にとってはナンセンス。

だから、努力や情熱の有無は成否とイコールじゃないんですよ。

「どんだけ考えてるか」
「どんだけ実行してるか」
「どんだけ続けてるか」

だと思うんですよ。

毎日毎日毎日毎日・・・・
寝ても覚めてもずっとずっと思い続けてなきゃできない、それでもできない。
ある日思い出したように「あぁそうだった」なんて言ってるうちは、天地がひっくり返っても見つけられないし、出来ないす。

結局、行動あるのみ

実行者(自分自身)は、「行動できているか」「どう行動するか」を考え、判断しなきゃいけないし、決裁者は「行動が伴っているか」「結果に現れているか」「意義に見合うものか」で判断すべきです。

薄っぺらい精神論で「根性」だの「情熱」だのと言うのはやめましょう。
「根性」や「情熱」だけで成否が変わるのであれば、どうぞ、いますぐ世界を変えてください

絶対は絶対にないですが、これだけは絶対です。


知恵だけではなく、行動と結果を追求する

これはやめてほしいことの話。

知識ばっか手に入れて偉そうに理屈こねないで欲しい。
知識を持ってるなら、それを使って行動を起こして欲しい、そういう人間になってほしい、です。

世の中ね、結果が全てなんですよ。

だから常に結果が出ているかどうかは気にしなきゃいけない。

自ら行動を起こせる人間を目指しましょう。


人としての成長に拘る

これは私の言葉ではありません。
サッカー日本代表・本田圭佑選手の言葉です。

結果にこだわるな、成功にこだわるな、成長にこだわれ

結果が全てと言って結果にだけ執着し始めると手段を選ばなくなってしまって意義を見失います。
成功のためには自身の成長が不可欠だということを言いたかったのではないか、と思います。

難しいんですよ、「この手」の話。

個人という観点で見たときには、本田選手の言う通り、成長にこそ拘るべきで、結果や成果は必然的というか付いてくるものというか・・・。

ただ、プロジェクトや会社というような単位でいうと、結果こそ最重要。
ある程度以上の決済者や債権者などは、結果にかなり気を向けなければならない。

組織としての目標と、組織の中での個人の在り方はちょっと違うんだけど、目的は同じなんですよね。

だからそういう「立ち位置」は分かっておかないと、組織としての成功に直結しづらいですね。


シンプル・イズ・ベストであり、オッカムの剃刀

で、意義とかみたいな「真理」はあまりごちゃごちゃと説明しなきゃいけないようなものではダメだと思います。

いや、ダメってこともないかもだけど・・・多分ダメです。
単純に伝えづらいってことなので、それはちょっと良くない

見出しの通り、シンプル・イズ・ベストだし、ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない、とするオッカムの剃刀の理屈通りかと。

なので、一言で説明できる意義を目指したら良いと思います。


伝承

で、お前は人生の意義を見出してんのか?
と言いたげですね。
はい、見つけてます。

私の人生の意義は伝承です

私の人生は多分ちょっと特殊です。

30歳まで役者を目指していて、大した成果も残していないので、はっきり言って居ても居なくても大して意味のない人生でした。

でも、私には心の底から自慢できることがあって、それは「途轍もなく素晴らしい人々に出会う運がある」ということです。

役者を目指す中で、三ツ矢雄二さんや、桜月流美剱道、フレッシュハーツの櫻井社長や香月監督などなど・・・
もちろんその中には、弊社代表の松下も含まれます。

その人生の中で、様々なことを多くの方々から教えていただきましたが、それを私の中だけに留めていては、私がいつか死んだときに終わってしまいます。

人に自慢できるくらいの出会いをさせていただいているのにそれを生かさず死ぬことは出来ない。
自分はアインシュタインやジョブスみたいに、素晴らしい発明や革新を起こせるわけではない。
でもやりようはある。
それは・・・

もらったものをより多くの人々に伝える
それを活かす意味と共に、それを伝える

それが私の人生の意義、つまり一言でいうと【伝承】です。


天職

【伝承】と共に、最近良くする話が「私の天職」について。

32歳からかな?
ウェブデザイナーとして職につきましたが、はっきりいって大した才能はなかったです・・・。
前職ではJavascriptやPHPなどもやらなければならなかったので、PHPの「ピの字」も知らない状態から、とにかく遮二無二にやってきました。
来年1月でキャリア10年になる今でも、はっきりいって大した才能ないです。

でも、私は今の仕事を天職だと思っています

当然前述の通りなので、ウェブデザイナーという職に対してそう思っているわけではないです。

この会社で、この立場で、いまのデザイン部メンバーとともに、ゴールのないゴールに向かって真剣に情熱を燃やしている、この今の状況が、私にとっては絶対不変の天職だと思っています。

「私には夢があります。一生信じ合える仲間を作ることです」

と言っていた人がいましたが、まさにそんな感じ。
それを私は達成したと思っています。

今やっていることを「天職」だと言えるのは、強いです。
揺るぎないです。
揺るがないから、「天職」といえるはずなので。

こればっかりは私自身の努力だけでは得られない結果です。
周囲に感謝。
これしかない・・・。


私がそれでも紅白を観る意味

今年ももう終わりそうです・・・
いつも書き納めがギリギリだ・・・

歌に優劣や勝敗を付けるのは、まったくもってナンセンスだと私は思っています。
実に前時代的。

ただ、歌って、そういう意思とか夢とかみたいなものをどストレートに見せてくれちゃうんですよね。
歌の可能性って凄い。

私自身、心の底から歌は世界を変えられると思っています。
自分がやっていることも、それくらいのことを心の底から言えるようにならなければならないとも思っています。

だからやっぱり1年の締めくくりには、殴り合うのではなく、派手に笑わせるのではなく、歌を染み込ませたいな、と思うのです。

ただの好みの問題ですw




なんか1年の最後にド真面目なテーマで記事を書きましたが、私にとってはとても重要なことです。

皆様にはどう写りますでしょうか?

もうあと数分で今年が終わります。
紅白は◯組が勝ちました。

来年も皆様にとって良いとしてありますように・・・。


では、また来年ー!!!


=うしお=


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松下 耕三
2020-01-01

新年おめでとうございます!牛尾さんにとって多くの実りある一年を過ごし、新たなる一年は人生の意義を持って、更なる飛躍の年となるでしょう!
素晴らしい時代を、意義を感じられる生き方を伝承して参りましょう!!本年も宜しくお願いします!

牛尾 好宏
2020-01-01

明けましておめでとうございます。
コメントありがとうございます。
この一年は、我々が意思を持って飛躍の年にしなければならないと思っております。
しっかりと伝承を行います。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます!

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