新型コロナについて考える⑳「新型コロナの位置づけを変えるべし」

福岡の地から国に進言します。


現在、感染症法の「2類相当」とされている新型コロナの位置づけは変えるべき。「保健所含む行政のパンクを防ぎ、医療機関を守る」ためです。

現在、感染症は、法律上、重い症状のものから1~5類に分類され、新型コロナは上から2番目。ポリオやSARSと同じ。「2類相当」の感染症にかかると、基本入院が必要となる。それを前提に医療費も公費負担。

なんでこういう感染症のレベル分けがされているかというと、必要な治療をしながら、社会から、半ば強制的に「隔離」する必要があるからです。
しかし、、、
新型コロナは軽症や無症状の人が多いことがわかってきた。実際には入院治療だけでなく、ホテルなどの宿泊施設や自宅での療養者も多い。したがって、無症状なのに「入院」して、病室内でガンガン筋トレしたり、無断で外出したり、といった事例も発生している。おかしな話。

--これを続ければどうなるか。インフルエンザも増え、感染者も増える冬場に、「真に必要な患者」を受け入れる余地がなくなることが心配だ。それをすべて行政として管理する保健所の業務がパンクすることも懸念される。本当の勝負は冬なのだ。
--PCR検査も拡大すれば、おのずから陽性者が増えると、さらにベッドの需要は増すばかり。医療機関は満杯となる。現実には、北九州市では500人、福岡市でも600人以上の陽性患者が、入院はできず、結局、自宅に居るとも聞いている。
--「2類相当」=「入院が必要」という”枠組み”のために、医療機関も満杯となり、保健所も把握と監視で疲弊する。これは避けなきゃならない。--感染症は「検査」と「隔離」が大前提。だが、それも、「キャパの範囲内で」というのが条件。法律で、仕組みで、それに従うことで、キャパオーバーしては何にもならない。
--それを起こさないためには、新型コロナの位置づけを変えるべきだ。

--そもそも、既存の枠組みである感染症法に今回の新型コロナのような”ユニークな”病を当てはめることがおかしい。

--感染症法は、「新型コロナのような病気を想定していなかった」。つまり、エボラ出血熱みたいに、症状がガンガン出て、人にうつると命にかかわるような感染症はぴったりの法律だが、8割は症状もろくに出ない、出ても一部を除き命に関わらない、といった新型コロナのようなパターンは想定外なのだ。
--加えて、感染症のための病床というのは、歴史の中で激減してきた。かつて戦後、結核を中心に、我が国の疾病のメインストリームは感染症だった。だが、医学の進歩と高齢化で、今や疾病の中心は生活習慣病などの慢性疾患。いきおい、専門的に感染症を受け入れるベッド自体が減ってきたのに、旧来の考え方で感染症患者(陽性者)を受け入れてはパンクしてしまう。そこにギャップが生じる。
--しかし、「2類相当」の指定を外す、格下げすることによって、陽性患者を強制的に「入院」させなくした場合、つまり(あえて譬えれば)「野に放つ」ことによって感染拡大したら元も子もない。
--ゆめゆめ、集団免疫を付けようなんて戦略に変えてはならない。
やはり、それでも、基本は「検査」と「隔離」なのだ。--では、無症状者や軽症者はどうするか。きっちり自宅で静養してもらい、外出を控えてもらう必要があるのは当然だ。
--そのためには、例えば、アプリに1日1回はログインしないといけないようにし、地理情報を把握して、動き廻ってないかをモニターする必要はある。どうしても動き廻る人には、ピンポイントで入院措置を強制する必要も出てくる。それは仕方ない。
--環境として、リスクの高い職種などへのPCRの拡大は重要。--大事なポイントは、保健所や行政が、一定の場所に囲い込んで常に目を光らせるという労力を少しでも減らして、負担を減らして、患者本人が自己申告的に行動を自粛し、それをモニターするような形にもっていくことだ。
--行政も医療機関もリソースは無限ではない。「選択と集中」こそ必要なのは言うまでもない。
--ともあれ、大事なのは、新型コロナは、「これまでの感染症の概念を超える」類型だと認識して、それにふさわしい新しい枠組みを、テクノロジーも組み合わせながら、用意するということ。単に類型を引き下げるだけでなく、法改正で枠組み自体を変えるべき。--そうでないと、患者はもとより、医療機関も保健所も守れない。


現場を持っているからこそ、地域から国に提案していくべきだ。頭を切り替えるとき。




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