【河内貯水池にて沼田尚徳氏を思う】

紅葉の残り香を感じに、河内藤園を訪れた後は、河内貯水池へ。
-
秋のしんとした空気に、穏やかな水面が輝かしい。音も少なく、人もまばらな遊歩道から、雄弁に歴史を語るような石壁を見ると、この難事業を遂行した「沼田尚徳」氏の事績が頭に甦ってきます。
-
沼田尚徳氏は、当時建設中の官営八幡製鐵所に入社し、30年余にわたり土木技師として辣腕を振るい、製鉄所のみならず北九州工業地帯の基盤となる土木工事を次々と成功に導いた。
中でも工業用水と水道用水供給の為に北九州郊外に建設した河内ダムは当時東洋最大級の規模を誇り、日本を代表する近代化産業遺産のひとつ。
-
当時の英知と土木技術を結集して造った「河内貯水池」は金字塔。機能からもフォルムからも、心意気が伝わってくるようです。
-
しかし、建設中、沼田尚徳氏は現場では明るく振る舞っていたが、数々の悲しみを心に押し潜めていたそうです。
なんと、彼は、工事に没頭している間に、父そして5人の子供を次々と亡くされた。
そんな中明るく支えてくれたのが妻泰子さん。
しかし、最愛の妻泰子さんもダムの完成を待たずして猩紅熱でこの世を去ってしまいました。
その後お母さまも亡くなり、家族をダムが人柱として飲み込んでしまったような悲劇だったといいます。
-
色の変わる山景色のもとで、そんな歴史と、思いがこの地に埋まっていると思うと、胸が熱くなります。

関連記事