僕と後輩 17.そのくらいでいい、僕らのパレード

 身を刻むような空気は、気道と肺を満たして体を内側から冷たくしていく。息を吐くと、白息となった二酸化炭素の塊が深い深い夜の空へと消えていった。
「……綺麗」
 何の疑いようもなく、どこまでも自然に彼女が呟いた。彼女と同様、僕も同じようにして冬の夜空を見上げている。
 部室の大掃除という名目で居残りをさせられていた僕らは、オリオン座が瞬くようになった頃にようやく解放された。こうやって二人で部室を出たのはいつぶりだっただろう。
「いつも僕を置いてさっさと帰るから」
「だって先輩と一緒にいたくないですから」
「そりゃそっか」なんて、言うまでもない言葉を頭の中で反芻させる。だって彼女は、僕の存在が気に食わないらしいから。
「私、先輩の事が嫌いなので」
「言わなくても知ってるって」
「同じタイミングで一緒に部室を出るとか、本当はそれも嫌なんですからね」
「分かったから」
 こういう何かの偶然でなければ、こんな機会もないのだろう。いつもは言われる事すらないような嫌悪を、こうやって言葉でぶつけられる事も。
 水面に映る光のように、瞳に星を乱反射させている隣の彼女を見る。何の他意もなく、綺麗だなと思う。
「今日はいいの?」
 そう訊ねた言葉に、彼女は何も応えなかった。でも、彼女の瞳に映る光を見れば、それが答えだなんて分かり切っている事だ。
「……惑星のパレード」
 彼女がまた小さく呟く。僕は「何それ」と彼女の方を見て訊ねた。
「百七十年に一度、太陽系の惑星が一列に並ぶ瞬間があるんです。それを惑星のパレードと呼びます。そう言えばもうすぐだったかなと思い出しました」
「あるいは、惑星直列」と、彼女は教えてくれた。要は公倍数みたいなものだろう。違う速度で違う軌道を周回する星が、その一瞬だけ重なるのだ。
「ロマンチックな話だね。君らしくもない」
「ほっといてください」
 彼女は名残惜しそうにオリオン座から目を離し、前を向いて歩き出した。ポケットに突っ込んでいた手を擦り合わせて、温かい息を吐きかける。偶然、僕も同じタイミングで同じ事をしていた。
「……何を考えてるの?」
 少し怪訝な顔つきになったのに気付いて訊ねる。いつもなら無視されるところを、今日は珍しく答えてくれた。理由なんて、「星の綺麗な夜だったから」とか、そのくらいでいいのだろう。
「少しだけ、私達みたいだ、とか思ったりしたんです」
「……どこが?」
 星明りの煌めきも効力を失くしてしまったのか、彼女は「別に深い意味はありません」と、それ以上は何も教えてくれなかった。
「速度の違う私達が重なる度、私はやっぱり先輩の事を嫌いになるんです」
 そう言って彼女はうんざりしたように息をつき、さっさと早歩きで僕から遠ざかって行った。その白息がまた、冷たい夜の星空に霞んで消えていく。
 あるいは、この周回軌道もいつかは失われる運命だ。それでいいのかもしれない。脆くて柔くて弱くて、星座のように結ばれているわけでもない。そのくらいでいいのだ、僕らのパレードは。