『ポカリ』

小さい頃から、ぼくはポカリが好きだった。風邪を引くと決まってお母さんが買ってくる。だから、ぼくは「早く風邪にならないかなぁ」とたまに言った。

その度に「なぁにバカなこと言ってんの」と、お母さんに笑いながら小さく怒られた。でも、そう言った次の日に起きるといつも枕の横に、ぼくの大好きなポカリが置かれていた。そんな優しいお母さんがぼくは大好きだった。

いつも買ってきてくれるのが、すごく嬉しくって、それから少しだけ後ろめたい気持ちもあった。だから、買ってもらうためにわざと「早く風邪にならないかなぁ」とは、絶対に言わなかった。大好きなお母さんをだましてる気持ちになるからだ。


ーーーーー

「悪いけど一人じゃどうしてもキツくてさ、引っ越しのために車出してくれない?」

そう電話があったのは引っ越しの前日だった。そんなギリギリに電話をしてくるのがアイツらしかった。

ぼくがアイツと出会ったのは大学の入学式のことだった。初めての大学に緊張していた時に出会い、すぐに打ち解けた。それから2年が経った今でも、いちばんの友達だ。

アイツは、明日から一人暮らしをする。理由は昔から母親と仲が悪いから、らしい。アイツの母親は怒りっぽくて「よく怒鳴られるんだ」と聞いていた。アイツは早く家を出たくて、大学に入ったばかりの頃から、必死で働いて一人暮らしのために、お金を貯めていた。ぼくは、そんなアイツの頑張りを全部知っていたから、

「しょうがねえな、いいよ。」と返事をして電話を切った。


ーーーーー

アイツの新しい家はすごくきれいだった。今日から住むのだから、それは当たり前だったけど、一人暮らしをしていない僕は、すごくうらやましく感じた。

だって、遅い時間に帰って怒られることもないし、自分の好きな料理が食べれられるから、苦手なひじきが出てくる事もない。

ぼくも一人暮らしをしてみたい、と心の底から思った。

トラックに積まれた山積みの段ボールを一つ一つ部屋に運んでいくのを手伝っている途中に、普段よりアイツの口数が少ないことに気がついた。

「昨日の夜もお母さんと喧嘩したの?」とぼくは聞いた。

すると、「ちがう」と否定した後にアイツは照れ臭そうに、こう言った。

「ずっと喧嘩してたくせに、母親が昨日の夜ちょっと寂しそうにしててさ。今まで母親のこと大っ嫌いだったのに、もう喧嘩できないんだって気づいたら、なんか寂しくなってきて。」

そう言ったのは、すごく意外だった。

いつもならアイツがそんなこと言ったら、ぼくは馬鹿にして笑うのに、その時はどうしてかできなかった。

「ほら、なんだかんだ毎日朝ごはん作ったりしてくれてるじゃん。あんだけ嫌いだったのになんか、初めて親のありがたさに気づいたんだよね。」

そう言ったアイツの横顔は笑っているようにも、少し泣いているようにも見えた。


ーーーーー

それから数日。引っ越しの手伝いの疲れのせいか、起きたら少しだけ熱っぽかった。咳も出るし、なにより体中が熱かった。

だからぼくは、いつも風邪を引いた時と同じように、無理して起き上がって、階段を降りて、「ポカリ買ってきて」って言おうとした。そうしてお母さんの顔を見た時に、ふとアイツの言葉を思い出した。

「ほら、なんだかんだ毎日朝ごはん作ったりしてくれてるじゃん。あんだけ嫌いだったのになんか、初めて親のありがたさに気づいたんだよね。」

そっか、アイツは一人だから、病気になっても自分でポカリ買わなきゃいけないんだ。どんなに辛くても洗濯だってしなくちゃいけないし、ご飯だって自分で作らなくちゃならないんだ。

ぼくは頼むのをやめて、かばんから財布を取り出した。「ちょっと出かけてくる」と伝えると、いつものように「いってらっしゃい」と言うお母さんの声が玄関に響いた。外はすごく寒かったけど、胸の中があったかかった。


それはきっと、風邪のせいじゃない。

荒木 昌三
2020.12.02

これが親の愛というやつか、、😭
なんか心が温かくなる話やなぁ
心の中でいいからありがとうって言っとかなきゃ

タロウ
2020.12.03

俺が考えたんよ、いいでしょ笑