安藤 湧一
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ヒストリー

出身地

埼玉県

幼少期の暮らし、体験

​​​​基本的に、友達と遊ぶことが多かったです。自分の地元は人数が少なく、娯楽も少なかったためにゲーム機や最新機器がなくても遊べるものを工夫して考えていました。この頃から音楽がとても好きで、両親いわく、やり方もわからないのに自分の感性だけでピアノやギターを弾いていたと聞きました。また、友人を喜ばすのがとても好きだったので、友人からはムードメイカーとよく言われていました。

中学・高校時代

狭山ヶ丘高等学校 2021年卒業
中学時代は実家のある場所がかなり田舎だったので、必然的に学校の人数が少なく、部活動や委員会なども少なかったため、やりたかった音楽系の部活ができませんでした。しかし、それでも教室に通ってピアノの練習をし、合唱などの伴奏に徹しました。
高校時代は県の私立高校に行き、吹奏楽部に入りました。コンクールや演奏会など多忙なスケジュールの中で自分がどうしたらもっといい音を響かせられるかなどを真剣に考え、仲間たちと切磋琢磨し、コンクールでは全国大会一歩手前の西関東大会に出場することができました。高校生の時に学んだことは、仲間とのコミュニケーション、そして自分の音をどれだけの人に届けられるかどうかです。
これから生きていく上で高校生の時の経験は自分の中で生きていく糧になると思っています。

大学・専門学校時代

学校法人専門学校東京クールジャパン
私は今、学校法人専門学校東京クールジャパンに入学をし、作曲、MAなどを勉強しています。今まで知らなかった音楽知識や、先生からの経験談やリアルな業界の様子を聞き、自分の人生でやりたいことが今明確に決まっています。本格的に音楽を学んでいて気がついたことは、センスや才能は努力によって補えるということです。例え、天才と言われる人がいようとも、その人を超える努力や執念を持っていれば戦っていけるとこの学校に入って分かりました。この世界にはロック、ジャズ、そしてポップス、他にも多種多様な音楽がある中で新しいものを作り出すことは非常に困難ですが、聞いてくださる人たちに感動を与えられるような音楽を作り後世に残していける、そんな作曲家になりたいです。

職歴

私は以前、家電量販店と卸売食品販売店に勤めておりました。どちらも自分にとって変え難い経験を得れたと思います。
 家電量販店では、お客様が今何を必要としてるか、そして、それに付随するアドバイスなどを的確に判断しご提案する力を学びました。それは、クライアントが求める音に対して、それ以上の成果を出すということにつながっています。
 また、卸売食品販売店ではどれだけ早く動き、商品を出すかです。ものすごいスピードで動く売り場をどのようにしたら効率的なのかというのを考えて行動してました。これは、曲を作る上でスピーディーかつ高いクオリティの作品を作ることにつながっています。