れい
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ヒストリー

出身地

長野県長野市

幼少期の暮らし、体験

(幼少時代)
長野県に生まれ、自然が多い環境で育った。実家は三世帯家庭であり、父、母、父方の祖母が住んでいた。私は一人っ子であったため、特に祖母からは可愛がられていた。
また、何にでも興味や疑問を抱き、親や祖父母によく質問をして困らせていた。良くも悪くも好奇心旺盛な子供であった。


中学・高校時代

(中学時代)
中学時代は受験勉強に熱心に取り組んだ。県内でトップの高校を目標としており、中3までは成績も良く、300名近くいる学年の中で常に30番以内に位置していた。しかし中3の夏、彼女ができてしまい、勉強そっちのけでそちらにのめり込んでしまった。結果的に、ずっと目指していた第一志望の高校に落ちてしまう。

(高校時代)
志望校ではない高校に進学し、目標を見失ってしまう。部活はなんとなくで弓道部に所属。これが転機となり、弓道にのめり込む。​しかし勉強には力が入らず、学年順位は底辺を彷徨っていた。しかしとある出来事が転機となり、大学は私大トップの早慶を目指すこととなる。

(浪人時代)
結果的に早稲田大学を目指して2年間の浪人をすることとなる。紆余曲折あり、志望校に入学。

大学・専門学校時代

(大学時代)
3幹部の会計として所属する小規模パフォーマンスサークルの新歓で、【新入生獲得】に挑戦し目標を達成した。活動開始前に幹部3人で話し合い、【前年比1.5倍である15名】を目標数値に設定した。新歓リーダーは、他幹部の推薦で私の担当になった。まず私はサークル全員に作業への協力を仰いだが、活動意欲の低い者がおよそ半数を占めていた。中には作業を放棄した会員もいたため「サークルが人員不足で存続危機だ」と強く訴えたが、効果が薄かった。士気が低い原因に悩む中で、「会員にメリットや焦りが少ないからでは」との仮説を立てた。そこで、「新入生獲得による金銭的メリットを訴求」した。加えて、一部のOBと連絡を取り「会員に一声かけて頂く」事を依頼した。これらを実行したところ、非協力的であった会員の理解を得ることに成功した。そして士気も上がり満足のいく活動ができた結果、【17人の新入生】を獲得し当初目標を達成した。