柿本 優希
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ヒストリー

出身地

福岡県福岡市

幼少期の暮らし、体験

​友達とおままごと、なりきりごっこをするのがとても好きで、活発な子供だったと親から聞いています。

中学・高校時代

中学時代は、1番楽しかったですし、1番濃い期間だったと思います。
友達にも恵まれ、行事ごとにも積極的に取り組むことができていました。
​しかし受験というのを境に精神的に壊れてしまった期間がありました。
でもその期間があったからこそ、今でもこれからでもそうですけど、色んな人の悩み、感情により寄り添え、
自分自身の人生の強み、経験、としても活かせているので、苦しかったですが自分のためだったんだと今では思てます。
高校時代は、自分自身、大きな決断を下した期間でした。
高校2年に上がった直後ら辺から学校へ行く事が辛くなりました。
​そして、辞めたいという気持ちが浮き上がってきました。
でも辞めることは簡単でも辞めた後は困難であることを分かっていたので、なぜ辞めたいのか、そして辞めてからどうしていくのか、どう生活していくのかを明確に事細かにノートに書き下しました。
書いた内容はこうです。
「この学校にいるメリットを感じなくなりました。
私の人生は私が決める事ではあるけれど、私の人生に必要不可欠なものたちを支え、提供してくれているのは紛れもなくパパ、ママです。だから、自分だけで
決めるのではなく、パパ、ママにも納得してもらえる決心を全て固め、一緒に人生を決めてほしくて書きました。 まず、辞めてからはバイトをしながら通信制高校への編入試験の勉強をしたいです。高卒は絶対だと自分で決めているので通信制に通わせてほしいです。でも、学費は自分のバイト代から半分は出します。自分が決めたことなので。」という感じで親に想いを伝えました。 
​親は反発することもなく、私の気持ちを受け入れて、尊重してくれました。
そして、高校を中退し、県立の通信制高校の編入試験へ向けて、バイトと両立しながら勉学に励みました。
​ですが結果は不合格でした。
私は泣き叫びたい想いでいっぱいでしたが、歯を食いしばり、これはきっと何かのための不合格なのだと
自分を鼓舞し、負けじと他の進路を探りました。
そして、ご縁があり、通信制の高校に入る事ができました。そこの高校はとても私に合っていて、のんびり
自分のペースで通う事ができ、そこの高校に通ったお陰で沢山の幸せ、経験をする事ができました。
高校生活は合計で4年過ごしましたが、自分にとってとても大切な時間でした。
そして親にはこの世の中にある感謝の言葉をどんなに伝えても足りないくらい、感謝しています。

大学・専門学校時代

専門学校はまだ通い始めたばかりです。
正直、今本当にこの道でいいのか、とても悩んでいます。
​でも人生は無限大だと思っているので、必ずしも
自分に合った道があると思うので、頑張って模索しながら生きていこうと思っているところです。

職歴

バイトはホテルの裏方、スーパーの惣菜作り、そして今働いているのはカフェです。
とてもやり甲斐があり楽しく社会経験をさせて頂いております。