小学校3年生から野球を始め、5年生の時にキャッチャーへ転向。当時、所属していたチームは常時2回戦負けの弱小チーム。
弱小チームのメンバーがそのまま中学へ上がり、最後の大会では、県大会ベスト8まで成長。
中学での功績が認められ、熊本の九州学院高校に野球推薦で入学。1年生の秋から3年生の夏の大会までの全ての大会にベンチ入り。しかし、レギュラーとして出場したのは、1年生の秋の大会と九州大会のみ。最後の夏の大会は主に代打として、5割を記録するも、決勝で熊本工業に敗れる。
高校では、数々の挫折を味わい、練習もハードで辛い経験だったが、強い精神力と忍耐力が身につき、これからの人生の中でも、とても素晴らしい経験だったと感じている。
ちなみに高校での思い出は、授業時間の半分が一発芸大会だったこと。