川島 涼太郎
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ヒストリー

出身地

京都・亀岡

幼少期の暮らし、体験

目立ちたがり屋の子だったと思います。
幼稚園の年少の時のことです。園のみんなの前で自己紹介するとき、園の先生が園児ひとりひとりに「好きな食べものは何ですか?」と聞いていっていました。
私は悩みながら「えーっとな、ぶどう!」とオッサン臭い口調で答えたのです。
するとどうでしょう。全員が爆笑してくれたのです。

そのことに味を占めた私は翌年も同じ自己紹介の場で好きな食べ物を聞かれた際
「えーっとな、みかんの缶詰!」
と答えました。

正直、思いっきり狙いにいきました。ぶどうでは単純と考え、みかんに変更。ましてやそのみかんを加工までしてしまったのです。

結果は大スベリ。人生初のスベった経験でした。

この経験から私は引き際の大切さを学んだ、、ような気がします。

中学・高校時代

自分の中で最も大きな変化があったタイミングが中学・高校の時代だと思います。それまで海外に行ったことのない私が中学三年生のときにオーストラリアで二週間のホームステイをしました。ほとんどコミュニケーションが上手く取れませんでしたが、自分の思いや考えを相手に正確に伝えられた時の喜びは大きく、自分の中で英語が一つの「科目」から意思疎通のための「言語」と変わったきっかけでした。
高校入学後も、国際系の道を進みたいと思い国際系コースに所属し積極的に海外研修やディベート大会に参加していました。


大学・専門学校時代

大学時代の一番のハイライトは二年間のアメリカでの正規留学です。

ネイティブの学生達に完全に混ざっての授業。。せめて課題でアピールしようと自信満々で出した課題がC評価で返ってくる。。。
学業においてこれまでで最も苦労し、留学という環境も相まって私自身が一番鍛えられた期間だと思います。

2年間の長い期間でしたが、現地でできた数は少なくともかけがえのない友人、日本から応援してくれる日本の友人、そして何より家族の支えのお陰でやりきることができました。今振り返ってみると、ワシントンDCという場で学業以外にも多くの成長の機会を頂けていたように思います。今度は私がIDFC(日本ミャンマー学生会議)を通じてそうした成長の機会を他の学生に与えられていけるように尽力していきたいと思います。


職歴

ZARON -Student Research Organization on the Asia Pacific-
International Development Field Camp for Myanmar and Japan Youth Leaders