いと
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ヒストリー

出身地

東京都豊島区

幼少期の暮らし、体験

東京都豊島区に4歳まで住んでいた。この頃のことはあまり記憶にない。お受験で某国立大学附属幼稚園を受けるも最終検定(くじ引き)で不合格。当時の将来の夢はケーキになること。

東京都渋谷区に引越し。5歳の頃に全国書道コンクールで銀賞を受賞。今思えばこれが私の人生の中で一番名誉あることだったのかもしれない笑。小学校は家の目の前にあるかつ保育園の友達が沢山通っているところに行きたがっていたが、その学校がスポーツ推進校だった為入学させてもらえず、家から少し遠い小学校に通う。(50m走14秒、ソフトボール投げ3mという驚異的な運動音痴)友達曰く頭の中にお花が咲いているような子だったらしい。

宮崎県都城市に引越し。当時小学2年生。友達があんまりいなかった為記載事項は特になし。ピアノと空手を習っていた。友達に炒飯の作り方を習ったのをきっかけに料理に目覚める。この頃読んだ本の中で1番印象に残っているのは「アンネの日記」。


中学・高校時代

地元の公立中学校に進学。近所の人に学校名を告げると顔を顰められるくらいには治安の悪い学校に通っていた。窓ガラスが割れたり警察が来たり校内で消火器が噴射されたりタバコチェックが行われていたりと騒々しい学校生活だった。学校が鬱すぎてアニメに目覚める。また、自分の周囲の環境を変えたかったのと、好きなアニメの推しが成績優秀だったことで次第に勉強に没頭するようになる。ピアノでは、中学2、3年生の頃に県のバッハコンクールで奨励賞と優秀賞を受賞。ピアノはここで辞める。

地元の公立高校に進学。放送部に入部。アナウンス部門。校則がとても厳しかった。部活も厳しかった。むしろ部活以外の思い出が特にない。アナウンスと研究発表で賞を頂く。

家庭の事情により、埼玉県川口市に引越し。東京の都立高校に転入学。環境の変化に慣れることができず、またほぼ一人暮らし状態であったため、転入当初は学校をサボりがちだった。ご縁があって演劇部に入部すると毎日学校に通うようになる。ただ、勉強は全くしていなかった。高校3年生の5月に偏差値41を取ってしまったことで慌てて勉強し始め、偏差値を60まで上げるが第1志望不合格。浪人を決意。

大学・専門学校時代

一浪後、津田塾大学総合政策学部に入学。第2志望の大学。ケーキ屋と空手の指導員と塾講師のアルバイトをしつつ、現在進行形で課題に追われている。苗ぷろ。所属。