早川 舜一郎
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ヒストリー

出身地

愛知県

幼少期の暮らし、体験

小学生時代
小学生時代は大きく2つに分かれています。1つ目は1~3年生の「やんちゃ時代」。2つ目は4~6年生の「おませさん時代」です。「やんちゃ時代」は自分の思い通りにならなかったらすぐ怒るような人だったのですが、「おませさん時代」ではそんな自分も落ち着いてきて、何か人の役に立ち「ありがとう」といわれることが嬉しいと思い始めるようになり、クラスの学級委員長を進んでやっていました。また親の影響もあったにせよ、寄り良い環境を求めて中学受験を決意し、学校の部活(バスケットボール)をやりながら塾通いをずっと続けていました。部活も最後の大会までしっかりと続けながら、第一志望には届かなかったのですが受験生活も無事に終えることができ、私立の学校に通うことになりました。

中学・高校時代

海陽中等教育学校

中学時代
中学時代は総じて内に籠っていた印象があります。慣れない寮の生活に苦戦しながらも今でも連絡を取り合う友人を作り、代わり映えのしない毎日に楽しみを見出そうとはしゃいでいた記憶があります。その中でも特に印象的だったのは、自分が暮らしていた寮には企業さんから派遣されて来た若手社員さんが1年滞在するのですが、中学3年生の際に毎日のように夜みんなが寝た後寮の運営のことであったり将来のことについて相談に乗っていただき、今の自分の「基礎」のようなものを作ることができたということです。その人も今でも相談に乗っていただいており、頼りにしています。また、中学生からは以前からやりたいと思っていた野球を始め、しっかりと3年間全うしました。

高校時代
高校時代は平凡だった中学時代とは打って変わって様々な行動をしてきました。まず中学の際とは寮が変わり新しい寮の責任者(学校の先生が寮の責任者として一緒に暮らします)の下、新生活に励むことになりました。そこで寮をまとめる立場に何回か就かせていただき(寮のことを「ハウス」と呼んでおり、ハウス長という役職でした)、メンバーをまとめるという経験を得ることができました。学期交代で、自分が担当した学期は丁度スポーツフェスタ(体育祭)の時期だったのでそこでいい結果を出せるような寮全体のスケジュール管理を取り組んだ結果、入賞をすることができたのは自信につながりました。他の学校のプログラム内の話では、他に文化祭の実行委員も担当していました。高校1年次では副実行委員長を担当し、全体統括の補佐、2年次では会計部の部長を担当し陰から一つのイベントを作りあげる経験を得ることができました。
また、高校生になっても野球部に入り、これまた3年間しっかりと部活動を全うしました。弱小校ではあったのですが、中学の時とは比べ物にならないほどの練習量とその内容の辛さ、また熾烈なレギュラー争いなどから何度も辞めようと思ったのですが、自分の負けず嫌いな性格もあり、最後の夏の大会で引退するまで続けきることができました。今では滅多なことではやられないメンタルを持っています。
それ以外にも、自分は高校2年生の際に「小松サマースクール」と呼ばれる、日本のある地域で海外の大学生と日本の大学生・高校生が集まってディスカッションや交流を行うというイベントに自ら応募し参加しました。普段寮にいて他の高校生との関わりなど一切なかった自分にはあまりにも刺激が強すぎて、いかに自分が狭い場所で活動していたかを痛感したともに今本当にお世話になっている先輩とお会いすることができました。そこからはやはり地元を出て多くの人が集まるところに行きたいと考えるようになり、高校3年生時には地元以外の大学しか受験しませんでした。結果受験には失敗し1年間浪人することにはなるのですがここで地元を出ようという意思決定をしたのは本当に正解だったと今では思っています。

大学・専門学校時代

東京理科大学

大学時代
大学1年次
僕の大学1年生の時のテーマは「とにかく行動しよう」でした。
僕が一番に尊敬している、上記で書いた先輩の行動をまずは真似しようというところからとにかく人脈を広げて少しでも自分の可能性を伸ばしたいと思っていました。そこで東京に来た際にすぐにその先輩に連絡し、お話をしてもらえることになりました。そこで出会ったのが今自分が一番コミットしている「学生団体SWITCH」です。その場では本当に一人ひとりが輝いていて新しい衝撃に遭遇しました。そこではこれまででは経験できなかったような活動をすることができたのでとても新鮮な毎日を過ごすことができました。
また、もう一つ自分が力を入れていたこととして「よさこい」があります。昔から祭りが好きで大学に入ったら必ずやろうと考えていたので、かなりの熱量をつぎ込みました。ここでも負けず嫌いな性格が出て、誰よりも上手くなろうと思い様々なチーム(関西方面とか)に行きました。その結果として多くの知り合いができ、2月には関東規模のよさこいイベントの統括を経験することができました。

大学2年次
2年生の時のテーマは「結果を出す」でした。ぼんやりと将来のことを考え始めたのですが、やはり理想の自分になるためには明確な「結果」や「実績」を残すことで個人の魅力度を上げる必要がある思ったからです。1年次に引き続き「学生団体」と「よさこい」の二軸で活動していたのですが、学生団体の方で言えば上の代が引退して自分達の代が一番上になったタイミングで5つある部署の一つの部長に就任し、みんなをまとめるという立場になりました。そこでは1メンバーとしては考えなかった視点で物事を捉えることができるようになったのは大きな学びだったと思います。他にも学生団体では様々な企画のマネージメントを担当する機会が多くなり物事の決め方、順序決めなどのスキルも身についたと思います。
一方でよさこいの方では、有名なチームで踊ることで自分のスキルや魅力度を高めようと思い、関東から北海道のチームに練習しに行き、北海道のチームとして北海道のお祭りに参加しました。関東の学生よさこい界隈では前代未聞のことを成し遂げたのは自信につながったと思います。
このように活動してきたのですがこれ以降はもっと「結果」と「自分の将来」を考えて行動していこうと思います。

職歴

現、株式会社クインテットのBP事業部にてインターン生として業務に携わる。