あやな
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ヒストリー

出身地

愛媛県のものすごく田舎な町

幼少期の暮らし、体験

2歳~3歳 歌って踊ることが大好きな自称アイドル少女
 当時の私は歌うことと踊ることが好きすぎて、家ではおもちゃのマイクを片手にモーニング娘。のDVDを見ながらコンサートを開いていたそうです。
 また、それは家の中に止まらず、ショッピングモールやデパートなどでステージを見つけると上って踊ってしまうほど…。自称アイドルとして活動していました。笑
3歳後半~6歳 遊ぶことが大好きなごく普通な女の子
 保育所に通うことが大好きで、毎日保育所に通っては友達と一日中遊ぶ生活を送っていました。
6歳~10歳 常に希望しかない女の子
 6歳から和太鼓を習い始めました。それが楽しくて楽しくて毎日わくわくしながら習い事の場所に向かっていました。また、学校でも勉強と遊びの両立を楽しんで行っていました。
 この時期は、希望しかありませんでした。
10歳~12歳 些細なことを気にするお年頃
 10歳になった頃から周りの目を気にするようになりました。そして、周りと自分の違いによる不安が生まれてきだしたのもこの時期です。

中学・高校時代

愛媛県立三崎高等学校 2020年卒業
中学1年秋~2年秋 どん底に落ちる
 バレー部に所属していた私は、部活動で様々なことがあり、2年の春に部活動を退部しました。この時が今までの人生で最も辛い時期でした。
2年冬~3年 転機の連続で復活!
 当時の担任の先生がブラスバンド部の顧問だったことや丁度ドラムをできる人がいなかったことなど、色々なことが重なり、2年の冬にブラスバンド部に入部しました。しかし、ドラム自体は1回もやったことがなく、初歩の初歩からの始まりでした。この夢中になれるものができたおかげで私はだんだんと昔の自分を取り戻すことができました。
高校 学校存続のために全てを捧げる
 町で唯一の学校に入学しました。しかし、その学校は、あと1年で分校になるかもしれないという危機に陥っていました。
 三崎高校には一風変わった活動があります。それは、地域おこし活動です。私は、1年次から地域おこしを主体とした非公式の部活「せんたん部」に所属し、町全体を舞台とした映画「せんたんビギンズ」の作成や、ある一つの地域を劇場に見立ててイベントを行う「せんたん劇場」などの地域おこし活動に力を注ぎました。その結果、3年次には入学者数が倍増し、分校化を回避することができました。
 また、吹奏楽部にも所属し、県のソロコンテストで金賞を受賞したり、日本の次世代リーダー養成塾に参加し、様々な価値観を持った方々から刺激をいただいたりなど、他の高校ではできないようなことも経験させていただきました。

 これらの経験から、将来の夢を見つけることができました。

大学・専門学校時代

都留文科大学
 私の将来の夢は、「小学校教諭として地域と学校の架け橋となる先生になること」です。
 上記で述べた通り、私は高校で地域おこし活動をしました。その活動を通して地元が大好きになり、地元で仕事に就きたいと考えるようになりました。
 一方、地元の現状としては職業の幅が狭かったり不便なところが多かったり等の理由で大人になると地元を離れていく人たちが多いです。
 そこで私は、「小学校の間から地元を好きになってもらえれば、地元で働きたいと思う人たちや地元に貢献したいと思う人たちが増えるのでは?」と考えました。
 以上から、私は小学校教諭になりたいと思うようになりました。

 都留文科大学は、学生自身が地域と交流している活動が多く、私もその活動の中で地域と関わりたいと思い、受験しました。
 そして、現在は「cafe sowers」のメンバーの1人として活動しています。