Hina
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ヒストリー

出身地

神奈川県

幼少期の暮らし、体験

小さいことから好奇心旺盛で、サッカー、ピアノ、水泳、など色々な習い事に取り組み自分が思うがままに突き進んできた。また、小さい頃から自分で何かを作ることが好きで、絵を描いたり、工作をしたりと自分のアイデアを何かものを通じて自分自身を表現することをよくしていた。

中学・高校時代

中学では友達と遊ぶことが学生生活の中心にあったため、一年二年と興味のあった英語以外はあまり勉強をしてこなかった。部活動はテニス部に所属し、活動していたが厳しい上下関係に嫌気が差して退部。その後、担任の先生に勧められた英語部に入り三年生が卒業して誰もいないゼロの状況から一年以内に10人以上の部員を集めることができた。英語部では部長として活動していたが、たった10人でもまとめることは当時の私にとって難しく頭を悩まさせられることがたくさんあったが、それぞれの意見を尊重するために極力部活動の話し合いを積極的に行い、最後の文化祭発表では多くの人に賞賛してもらえる発表をすることができた。学問では英語に興味があったため、県内で二番目に国際科が有名な高校を志望していたのだが、勉強をしてこなかったツケが周り、最初の模試は圏外判定。しかし、受験に対する熱が徐々に入り出し、毎日勉強を続け、勉強が楽しくなってきたことには成績も右肩上がりに上がり、最後の模試ではA判定を得ることができた。そして、結果も無事合格することはできて、努力が実を結ぶ経験を身をもって体験することができた。

無事に入った高校では想像以上に英語のレベルが高くて、英語を話せることができない自分に対しての苛立ちがつのったが、3年間の高校生活を充実させるために、授業中は積極的に発言をし、昼休みはALTの先生に話しかけに行ったり、日本にいながらもできる環境を駆使しながら自分自身の英語力を磨いた。
また、部活動はサッカー部のマネージャーとして活動し週一の休みのみの多忙な日々を過ごしていた。部員80人以上いる部活だったため、全ての部員の状況を把握し、情報伝達を怠らず、部員が効率的に活動できるように活動することは想像以上に難しかったが、時が経つにつれて徐々にコツを掴み出し、大切な「ほうれんそう」を中心にマネージャーどうしで協力して三年間活動することができた。この部活動で大人数で団結して一つの目標に向かって取り組むことの素晴らしさに気づかされた。

大学・専門学校時代

コロナ真っ只中で入学したこともあり、最初の授業は全部オンラインで先が見えない状況が続きましたが、自分ができる限りのことを取り組んだ。たとえば、学校が主催する言語交換プログラム、日本語教育プログラムなど日本国内にいながらも国際交流をするために積極的に情報を収集し、積極的に活動した。
また、二年次にイギリスとオーストラリアに留学をする予定が、コロナの状況が安定していなかったことにより中止になってしまった。留学認定をもらっていたのにも関わらず行けなくなってしまったことに対する憤りはあったもののいつかのチャンスを掴むために家でも英語勉強を続け、三年生のいま、イギリスの大学で1年間留学することができている。大きな言語の障害も乗り越え、今は自分のしたいことを考えられている。

職歴

アルバイト
英語塾講師
飲食:レストラン(イタリアン)
飲食:レストラン(アメリカン)
インターンシップ