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ヒストリー

出身地

大都会東京のシティーガール

幼少期の暮らし、体験

ザ・ガキ大将な年子の兄を持つ末っ子として育ちました。

やんちゃ・いたずら・騒がしいの典型的なクソガキとは正反対の、
おとなしい・素直・物静かなおしとやかな子どもでした。

3食のオトモはKAG●MEの野菜生活、おかげさまで肌が黄土色になり禁止令が出るほど好きなものは飽きるまで継続する特徴がありました。
他には、おとなしいながらも好奇心旺盛で、気になることがあれば黙って一人で挑戦する節があったようです。

特に印象に残っているのは…
夏の暑い日、プールで冷えた体、熱いカルピス、歩きながら飲む猫舌の私、
地面にぶちまけるアッツアツのカルピス、怒る母。

そんな幼少期です。

中学・高校時代

越境届を出して学区外から通うくらい、地元で人気のある中学校に入学しました。

過半数が知らない人で形成されるクラス・学年で、
3年間で培ったのは一人にならないようにするための「当たり障りなく、人間関係を築く」方法でした。
おかげさまで卒業後も連絡を取る友人は1、2人いるかどうかです。
​その後の学生時代はすべて当たり障りのない人間関係になりました。


​高校は勉強しないでも余裕で入れる安全圏の都立高校に入学します。

高校3年間はバイトに明け暮れるバイト戦士として過ごしました。
​短期・長期問わず、興味のあるものは何でも挑戦しました。
珍しいものだと、プールの監視員や浴衣販売、保育園補助、キャンペーンガールなどを経験しました。
​バイト戦士の経験が、働くというものがどういうものなのか?世の中の仕事ってどんなものがあるんだろう?などの基盤を形成しました。

大学・専門学校時代

手に職を、経済の影響を受けない仕事を、という考えから
診療放射線技師(レントゲン技師)を目指して専門学校に進学します。

意志脆弱でなんとかなるような甘い世界ではなく、入学して半年で中退。

そのまま就職することも視野に、オフィスワークのバイトを始めました。
そんな中、母からのせめて専門学校は卒業したほうがいいという言葉を受け、
社会に出るうえで役に立つスキルを身に着けようと考えてTSBに入学。

とにかく実務で役立つスキルを、との思いで資格取得無双を極めます。
時には、他学科の授業を受けるべく教師に交渉を仕掛けるようなある意味問題児として過ごします。

職歴

手に職の思いは就職活動においても変わらず、新卒入社した会社はスキルや技術を身に着けられる仕事を軸に探しました。
その結果、人材派遣会社の正社員派遣として勤務を開始します。

新卒入社した会社では、
Officeスキルはもちろん、昨今話題のデジタルマーケティングやRPAなんかの知識を学びました。
そして、派遣先はみんなが憧れる外資系広告企業でアソシエイトデータアナリストとして勤務しました。

現在は、
​常駐型勤務が合わないなと感じ、求人広告代理店で業務改善担当として勤務しています。
体育会系営業の方に囲まれながら、業務の仕組み作りや業務効率化に尽力する日々です。