ヒストリー

出身地

千葉県

幼少期の暮らし、体験

出身地に千葉県と書きましたが物心ついた頃には東京に引っ越していたのでその記憶はほとんどありません。

両親がその時仕事の関係上、幼少時に台湾で三年ほど暮らした事がありましたが、台湾では教育する時期が早く日本に帰るまでに読み書きは勿論、足し算引き算掛け算をすでに習得していました。
​そこでは様々な習い事をしていた記憶があります。5、6歳くらいの時に英語とスケートと絵画を算数を習っていました。台湾は共通言語が中国語なので、その名残りで今も日常的な中国語を少しだけ喋れますし、訳する事もできます。

  今でこそ絵を描くのが好きでゲームのために生きてるといっても過言ではない引きこもりな性格をしていますが、元々は活発で外に遊びに行くのが大好きな子供でした。小学校から帰るとすぐに公園に行くようなアウトドア派だったのです。
ある日お家に帰る途中何故か空から蟻が降ってきて、丁度自分の額に張り付きました。動いてました。生きてました。怖かったです。
その出来事が相当なトラウマになり蟻おろか、全ての虫が大嫌いに…。絵を描く、パズルをする等お家で出来る遊びをするようになりました。

中学・高校時代

 中学、高校から真面目にイラストを描くようになりました。中学では美術部、高校ではマンガイラスト部に所属して部長もやっていました。何方の時も友人が私より上手かったので、自分も上手くなりたいと闘争心を燃やし自分なりに頑張っていたと思います。​中学生の頃はまだイラストは趣味の域で、楽しく創作していました。2年生の時に展覧会に作品を出した事もありました。

高校では上記の通り、マンガイラスト部に三年所属し2年生の時に副部長、3年生の時に部長をやっていました。マンガイラスト部が学校で一番輝くのが学校の文化祭だったので
毎年各一人イラストを3枚制作しそれらを集めた部誌を制作し、缶バッチやアクリルキーホルダー、ポストカードなどを配布し出来る限りの力を入れて取り組んでいました。 それらを製作中の時、作業がとても楽しくもし出来るなら絵を描く職業につきたいと考える様になりました。

 高校生にもなるとアルバイトが出来る様になるので社会勉強の一環としてバイトをしていました。喫茶店の店員や雑貨屋の店員やった事がありましたがしっくりこず、やめてしまいましたが、最終的にはファミレスのキッチンとして働きました。そこでは優しい人達に恵まれ、楽しく働けました。
 今でも継続して働いているのでもう三年ほど継続して働かせて頂いています。

​勉強と、イラスト制作、さらにバイトの両立と忙しい毎日でしたがとても充実した三年間であり、部長を務めたことにより他人にどう話せば理解しやすいか、視野を広げてフォローしたりすればいいか考え、実行しそれらを身につける事が出来たので部長をやっていて良かったなと思います。

大学・専門学校時代

専門学校東京デザイナー学院
高校時漠然と絵を描く職業に就きたいと思い、日に日にその思いが強くなり自分の夢は自分で叶える。怖気付かず、努力すれば叶うと信じてこの業界に飛び込み、自分の理想に近い専門学校入学しました。
東京デザイナー学院を選んだ理由は各学科分かれており、自分の学びたい部分をピンポイントで学べ選択科目で自分の将来に必要な科目も取れるのでとても魅力的に感じ入学しました。

↑は学校に入学してから描いた一番最初の課題です。
​この時学校の授業で公表がありクラスの人の作品や他クラスの作品も見る機会がありその時周りと画力の差を感じ、もっと頑張らないと潰れると危機感を抱きました。この頃から絵の教本を数本購入し、本格的にイラストの勉強をする様になりました。

9月23日 学校イベントで作品を展示しました。
立ち絵の制作でテーマが好きでしたので如何に自分の好きな要素を盛り込めるか工夫しました。

↑は今一番新しく描いたイラストです。この作品と当初の作品を見比べると目に見て画力が上がっているのを実感し、今度は自分だけを満足させるイラストではなく他者にも影響を与えられる様なイラストを描くのを目標にこれからも継続して頑張って行きたいです

職歴

2019年12月〜ガスト アルバイト キッチン3年(継続中)

高校の頃から今も継続して働いています。社会勉強と自分のお小遣いのために働いており、イラスト制作と両立しながら日々楽しく働いてます。