8月6日

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8月6日今日は原爆の日らしい。

8月6日は広島に原爆が落とされた日だと日本人ならばほとんどの人が知っていることだろう。

らしいというのは、原爆の日だったと言うには僕にとっては今年の8月6日はあまりにも日常的で普段の1日と何一つ変わりなかったからだ。

今の日本人の9割は戦争を知らない世代だと思うが、その人たちからしたら人種が違うからというから理由で殺し合いをしていた時代など全く想像も出来ない。ただ現にその時代は存在していたし、それを経て今の自分は存在している。

その時代に生まれていたら戦争が当たり前というか自然に存在していたのだから当時は戦争をいけないものだと思っている人は少なかったはずだ。

そう考えたら今の僕たちって自然と幸せを掴んでいてそれって世界的に見たらけっこう凄いことだったりするのだなとか思う。

たぶん今後戦争についてとか原爆について実際に体験している人が減ってきて日本人の戦争リテラシーって益々下がっていくと思うのだけどわたし達の祖先がその時代を必死で生き抜いてきたことを絶対に忘れてはいけないと思う。

僕偶然に生かされてるなって感じるエピソードがあるんだけど曽祖父が戦争で死にかけているのだ。もちろんそこでひいじいちゃんが死んでいたら僕は今この世にいないわけだ。

ちなみにひいじいちゃんはタバコに命を救われたらしい。当時陸軍に所属していて軍の講義中にタバコを吸いたくなって講義を抜け出してサボっていたらしいのだが、校舎にいきなり空襲があって、そのまま講義を受けていたら死んでいたらしい。

人生は偶然に支配されている。

なんとかの本に書いてあったけど本当にそうだよな。

人1人がコントロールできる力って私たちの前に茫漠と横たわっている偶然という力に比べて小さすぎるのだ。

私たちはこの時代に生きていてやりたいことが出来ること自体幸せだしそれをもっと自覚して本気で生きなければならないのかもしれない。

自殺する人とか頑張っていない人を批判するわけではないけど何をそんなに悲観的になる必要があるのかと思う。

きっと僕には想像もできないようなバックグラウンドがあるのだろうし僕にはその人の気持ちを理解することは出来ないのかもしれないけど生きてるだけで十分幸せじゃないかな。

私たちはこの時代を生きるが故に自分に、後世の人々のために、人生に尽力する責務があるのではないだろうか。

なんか久しぶりに真面目なこと書いていて自分が不思議なんだけど原爆の日くらい真面目になってみた。

「自分の人生に賭けてみないか。」

それではまた明日。



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