ヤドリバエ同定入門① Arista bare or pubescent ?


ヤドリバエ同定入門シリーズでは,
ヤドリバエの同定で鍵となる形質について, 一つ一つ説明していきます.

今回は, "Arista bare or pubescent ? "についてです.
この項目は, 非常に重要な項目です.
Mosch webでは31番目の項目, CMPDの検索表においてはcouplet 1 に記されていますね.

まず, この英文を理解しましょう.
「arista」というのは, 日本語に訳すと「触角刺毛」です. これは双翅目の形態用語ですね.
触角の形態用語については, 下の写真で示しています.

   ↑トラフヒラタヤドリバエ Pentatomophaga latifasciaの横顔

触角第三節(1st flagellomere)という部分の上部から生えている細長い糸状の器官ですね, これのことを 「触角刺毛 "arista"」と表現します.

次に, bareという単語とpubescentという単語ですね.
bareは「むきだしの・裸の」という意味です. 高校レベルの単語です.
「裸」は, 通常, 身体が衣服などに覆われていない状態を意味しますね. しかし, ヤドリバエにおいては, これが転じて, 「毛で覆われていないこと」を意味します.
人間 を 裸のサル と表現するのと, まさしく同じことです.
一方, pubescentは「思春期の」という意味です.
しかし, 触角刺毛が思春期, というのではわけがわかりません.
実は, この単語は, 別の意味も持っていて,
動物学・植物学で用いられた場合には, 「毛で覆われた」ということを意味します.
先ほどのbareとは反対の意味ということですね!

結局, “Arista bare or pubescent?”は, “触角刺毛に毛が生えているか生えていないか?”という意味です.
触角刺毛 それ自体が毛の一種ですから, 毛に毛が生えているということになります.
少しややこしく思うかもしれませんが, この点については, 下に示す写真を見ていただければわかるかと思いす.

  Arista bare or pubescent ?
  (訳)触角刺毛は裸か被毛か?
  (意)触角刺毛には毛が生えていないか生えているか?
  重要形質度:  ★★★★★
  わかりやすさ: とてもわかりやすい


では早速, 写真で比較してみましょう.

↓arista bareの場合

   ↑オオズクロスジハリバエ Gonia chinensisの頭部正面から

aristaに毛は生えていませんね.
もう一つ例を見てみます.

     ↑Athrycia trepida (和名なし) の触角側面

やはりaristaには毛が生えていないようです. だからbare.
としたいところなんですが, 上の写真ではわかりにくいのですが, 実はさらに拡大すると, aristaに, も〜のすごい短い毛が生えています.
じゃあ, pubescentにしないといけないのか?という感じですが, このような場合は, 結局, bareの場合と同じに含めます.
この項目, “触角刺毛は裸か被毛か ? ” として表記してきましたが,
正確にいうと, “触角刺毛は裸に見えるか被毛に見えるか?” ということです.
pubescentであったとしても, も〜のすごい短い毛しか生えていない場合は, bareと同じグループに含めます.

じゃあ, その境界ってどう判断すればいいの?
どこまで毛が短かったらbareで, どこまで長かったらpubescentなの?

と訊かれそうです.

その答えですが,
基本的に, その判断が難しいような個体は稀だと思います.
「若干pubescentだけどbareに含める」というケースは, 上の写真のように, 顕微鏡で見てもなかなか確認しづらいくらいの短い毛しか生えていないことが普通です.
逆に, pubescentに含めるケースは, あとで示す写真のように, 明らかに長い毛が
生えています. 
なので, 判断に困ることはほぼないでしょう.

とは言いつつ, ちゃんと判断するための厳密な定義は設けられています.
それは,

 aristaの毛の長さ    aristaの基部の幅 ・・・  arista bareと同じグループに含める
    aristaの毛の長さ    aristaの基部の幅 ・・・  arista pubescentのグループに含める

というものです. 参考にしてください.


↓arista pubescentの場合

    ↑アシナガハリバエ Thelaira nigripesの触角側面

写真を見れば, 明らかにpubescentなのがお分かりいただけるでしょう.
もう一つ例を見てみます.

    ↑Dinera属の未記載種  Dinera sp.の触角側面

こちらも, 明らかにpubescentですね.
上の二つの例のように, かなり長い毛がたくさん生えている場合に関しては, Arista plumose (触角刺毛が羽毛状) と表現することもできます.


イエバエ科などの場合, arista pubescentなものは多数いますが,
ヤドリバエ科の場合は, arista bareのケースの方がarista pubescentのケースよりも圧倒的に多いです.
とはいえ, arista pubescentが全然いないわけではなく, それなりにはいます.
Mosch webによれば, 旧北区にいる423属のうち, arista bareが399属で, arista pubescentが42属となっていますね.(重複あり)
arista pubescentとなる有名属としては, 
Demoticoides, Dexia, Dexiosoma, Macquartia, Nemoraea, Phyllomya, Prosena, Thelaira, Trigonospila
などがあります.

もう一つ付け加えておくと, aristaがpubescentなヤドリバエは,
Dexiinae亜科に多い傾向があります.


さあ, いかがだったでしょうか?
ヤドリバエ同定入門①では, "Arista bare or pubescent ?"について解説しました.
ぜひいろんなヤドリバエの触角を見比べてみてください.
(終)


次の記事→ヤドリバエ同定入門②

ヤドリバエ同定入門② Eye bare or pubescent ?

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