ヤドリバエ同定入門③ Length of ocellar setae


ヤドリバエ同定入門シリーズでは,
ヤドリバエの同定で鍵となる形質について, 一つ一つ説明していきます.

今回は, "Length of ocellar setae "についてです.
この項目は, 非常に重要な項目です.
Mosch webでは7番目の項目, CMPDの検索表においては多数のcoupletに記されていますね.

まず, ocellar setaeてなんやねん, てな感じですよね.
これは, 「単眼剛毛」を意味します.
単眼剛毛というのは, 文字通り, 単眼のすぐ近辺に生えている剛毛のことです.

※注)単眼をもたないヤドリバエというのも, 極めて稀ですが存在します. 日本含む旧北区においては, Aulacephala属とTherobia属の二属だけです.

下の写真をご参考ください.

  ↑Exorista (Spixomyia) lepis [和名なし] の頭部背面

ocellar setae (単眼剛毛)の位置がお分かりいただけると思います.
上の写真では, ocellar setaeが前に向かって伸びていますが, 稀に横向きだったり後ろ向きに伸びているケースもあります. こちらについては, またいずれ紹介します.
今回は, この剛毛の “Length(長さ)” がポイントになります.

 重要形質度: ★★★★★
 わかりやすさ: わかりやすい



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単眼剛毛の長さは, 大まかに, 以下の3つのタイプに分けられます.

①単眼剛毛はよく発達している(well-developed). つまり, 長い.
②単眼剛毛はあまり発達しない. つまり, 短くてまるで軟毛のよう(short and hair-like).
③単眼剛毛が欠如(missing). つまり, 一切存在しない.


単眼剛毛が一切ない場合もあることに注意しましょう.
種類によっては, 欠如しているケースもあります.


では, 実際に写真で見ていきましょう.

↓ocellar setae well-developed
    ↑Exorista (Spixomyia) lepis [和名なし] の頭部背面

単眼付近にかなり長いocellar setaeがあることが, 見てとれます.
well-developedですね.
もう一つ例を見てみましょう.
   ↑セスジチビヒゲハリバエ? Linnaemya tessellans? の頭部(斜め上から)

こちらも, はっきりとocellar setaeがありますね.
先ほどのヤドリバエほど長くはありませんが.
では次…

    ↑カイコノクロウジバエ Pales pavida かその近縁種 の頭部背面

おっ, ocellar setaeが一切存在しないタイプじゃないですか?!
と思っちゃったあなた, 実は違うんです!
単眼付近を拡大して見てみます.

     ↑カイコノクロウジバエ Pales pavida かその近縁種 の頭部背面

上の写真を見ると, 少しわかりにくいかもしれませんが, 単眼の近くに, 丸い空洞があります. これは, ocellar setaeの“ソケット”(いわゆる毛根のこと)です.
つまり, 元々, ここには剛毛が生えていたはずなんですね.
それがふと取れてしまったということなんです. それで毛根だけ残っているんです.
ソケットがそれなりに大きいですから, ここにはそれなりの長さのocellar setaeが生えていたことが推測できます.
つまり, このヤドリバエは, ocellar setae well developedのグループに属すると推測できるのです.

このように, 剛毛が取れてしまったり折れてしまっているケースがしばしばあります.
そのような場合を考慮して, 非常に慎重に観察しましょう.
剛毛が取れたところには, ソケットが残っているはずです.


↓ocellar setae short and hair-like
    ↑ドクガヤドリバエ Isosturmia picta の頭部(斜め上から)

ocellar setaeがかなり細くて短いですね!
もう一つ例を見てみましょう.
   ↑Atylostoma tricolor?[和名なし]の頭部(斜め上から)

こちらもocellar setaeがものすごく短いです.
ocellar setaeより少し後方(後単眼付近)に, 5本程度の軟毛が写真に写っていますが, それとそこまで変わらないほどの細さですね.
これがocellar setae short and hair-likeのグループです.


またもやまたもや
じゃあ, その境界ってどう判断すればいいの?
どこまで毛が短かったらshort and hair-likeで, どこまで長かったらwell developedなの?
と訊かれそうです.

あまり判断に困ることはないと思いますが, 定義がはっきり決まっているのでそちらを紹介します.

「ocellar setaeの長さ」 > 「単眼三角形に一番近い frontal setae の長さ」の半分 
  …well developed
「ocellar setaeの長さ」 ≦ 「単眼三角形に一番近い frontal setae の長さ」の半分 
  …
short and hair-like


frontal setaeについて説明しないといけないですね...

今のところは, 下の写真をご参照ください.
またいずれ詳しく説明します.
    ↑Exorista (Spixomyia) lepis [和名なし]の頭部前面


↓ocellar setae missing (ocellar setae absentとも言う)
    ↑Drino facialisかその近縁種  Drino sp.の頭部(斜め上から)

ocellar setaeないですね... ソケットも見当たらないですから, 取れたわけでもないです.
ということで, こちらがocellar setae missingのパターンです.
単眼付近には, 軟毛はたくさん生えているものの剛毛がありませんね.
Drino属は, ocellar setae missingの種が多いことで有名です.
もう一つ例を見てみましょう.
   ↑ノコギリハリバエ  Compsilura concinnataの頭部(斜め上から)

やはりocellar setaeは見当たりません.

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ここまで三つのパターンを見てきました.
ヤドリバエにおいては, ocellar setae well developedなものの方が, ocellar setae missingなものよりもかなり多いです.
Mosch Webで試してみると,
ocellar setae well developed: 384属
ocellar setae short and hair-like: 106属
ocellar setae missing: 47属        (重複あり)
ですね.

ocellar setae missingとなる種が多い有名属としては,
Atylostoma属, Aulacephala属, Dexiosoma属, Drino属, Isosturmia属, Peleteria属, Takanomyia属
などがあります.
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最後に, 剛毛に関する形質を調べるとき, 気をつけねばならない点が一つあります.
それは, 「変異」です.
ちょっとした変異で, 剛毛の本数や長さなどが, 本来と異なる場合があります.
例を見てみます.
   ↑トカチハリバエ  Parasetigena silvestrisの頭部背面

ocellar setaeはヤドリバエにおいては, 基本, 1対(右左1本ずつ)です.
しかし, 上の個体を見ると, 左は1本なのに右は2本あります!
これが変異です. 右側のocellar setaeが異常ということです.
この場合は, どちら側が異常かというのがすぐわかりました.
しかし, そういうときばかりではありません. 次の写真を見てください.  
      
↑ノコギリハリバエ  Compsilura concinnataの頭部背面

右側がocellar setae missing(absent)で
左側がocellar setae presentです.   ※present:存在する
これでは, どっち側が本来の状態で, どっち側が変異による異常なのか, さっぱりわかりませんね... これだと種類判別のとき, ものすごく困ってしまいます.
結果から言うと, 左側が変異です. この種類は本来, ocellar setaeを持たないです.
でもこれは, 他の多くの形質を確認して, 種類を確定させた後に判明したことです.
変異が存在し, どちら側が本来の姿かわからない場合, その形質は一旦脇に置いて, 他の形質を精査するしかありません.


さあ, いかがだったでしょうか?
ヤドリバエ同定入門③では, "length of ocellar setae"について解説しました.
ぜひいろんなヤドリバエの単眼剛毛を見比べてみてください.


次の記事→ヤドリバエ同定入門④

ヤドリバエ同定入門④ 〜parafacial setae〜

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