保育士の行列ができる保育園(第2話)

保育士が「楽しく」「嬉しく」いることが”最大の保育”である、と吉村園長は考える。確かに、この園の保育士の方々の魅力は自然体の笑顔と空気感。伸び伸び、そして柔らかく。

保育園はじめ福祉の現場では、給与よりも、むしろ「人間関係」がよいことが、多くの職員が定着することにつながるし、結果、保育や福祉のサービスの質もよくなる。


吉村園長は“若干”33歳、そもそも、60名を超える職員、女性保育士たちの中で、若き男性園長が、どうやって組織を束ね、鼓舞しているのかに大きな興味があった。その謎を解くひとつの鍵は、ぶれない方針と基本に忠実な実践の積み重ねのようだ。


吉村園長は、2つの人間関係づくりに心を砕く。


第一は、園長と職員の関係。ポイントは職員ひとりひとりを独立したプロフェッショナルと見ること。保育士は雇われスタッフではなく、むしろ「個人事業主」の集まり、と見るのだ。個人ごとの異なる考えは大歓迎、やりたいことを提案してほしい。「あれしたい、これしたい」という井戸端会議が保育士、職員の間で自然に生まれる。


かつて、保育園がまだ小さかった頃、吉村園長は、自分の思いが昂じて、うまく職員に伝わらないことにもどかしさを覚えた。高い目標を実現したい、という思いとそれを伝えきれないジレンマ。だが、職員が増える中で、気づいた。一方通行、指揮命令、では人は動かない。動いても心が入らない。それはそのまま、園児たちに伝わってしまう。職員ひとりひとりの長所と短所、成長するペースの差、アンテナの違いを認め合うこと。何より保育士たち自身が成長を実感できることがこの園の最大の武器だ。一緒に仕事をする者どうしが互いの成長を促し、成長を楽しむ。


だから、保育士採用面接では、決まって問われる「ピアノができるかどうか」は不問。テーマごとに保育士がチームを編成して、それぞれの興味や強みを全開させる工夫がある。チームには「食育」「哲学対話」「アート」「ベビーハンドマッサージ」「インテリア」「性教育」など20もの横断的チームがある。そこで保育士どうしも担当クラスを超えて縦横につながる。そして「楽しさ」を感じながら、テーマごとに園全体の方針のイニシアチブを取る。


第二は、職員どうしの関係。ポイントは、できるだけフラットにすること。どうしても現場では、年長者、先輩が教え、決めるという”長幼の序”が幅をきかせがち。かつての職場では、勝手に亀に餌をやって叱られた、なんて経験を話す職員もいる。社会福祉法人運営の施設の場合には、代々、家業として園を運営する園長に物申しにくい場合もあるだろう。この園では、なるべくイーブンな人間関係をつくる仕掛けを工夫する。若い人が自然にアイデアを出せるように、業務改善の提案を輪番で行う仕組み、ポストイットで提案できる仕組みなど。なるべく、心の敷居を下げるのだ。


思いや問題意識が全くない職員はいない。違いがあるだけだ。それをどう引き出すか、表現してもらうか。互いに考えをぶつけ、認めあうことで職員が主体的に課題を解決しやすい空気をつくる。無論、園長も例外ではない。手間をかけて報告してもらう立場でありたくない。だから、自分への業務報告は、日中の園児の模様を写したインスタグラムで足りるとしている。お祭りやイベントでも、園長自らが、同じ目線で参加し、率先して大喜びする。両親の仲の良し悪しが子どもの情緒に大きく影響を与えるのと同じく、保育士たちどうしが心から「楽しい」「嬉しい」と思うことが、確実に子どもの心を動かす。


この保育園は、カフェに入り込んだような錯覚を覚える。大人でも快く過ごせる空間、空気感がある。その裏側には、こんな工夫の積み重ねがあった。