鷭ヶ池自然再生プロジェクト


01 背景


岐阜大学周辺は東海地方における淡水魚類の希少種、固有種の生息地として環境省により「生物多様性の観点から重要度の高い湿地(通称:重要湿地)」の指定を受けています。岐阜大学柳戸キャンパスの北縁に位置する鷭ヶ池も、岐阜大学自然保存地として位置付けられています。かつての鷭ヶ池は、伊自良川の氾濫原的な環境の面影を残しており、多種多様な野鳥、水生生物、水生植物等の貴重な生息・生育の場となっていました。しかし、1975年の自然保存地指定以降、具体的な維持管理・活用の方針が検討されず放置され、この数十年の間に環境の劣化が著しく進んでいることが確認されています。

 私たち岐阜大学環境サークル(生物多様性保全部門)は、2019年2月より「岐阜大学キャンパスにおける自然環境整備事業」を企画し、過去の学生や教職員による調査記録やかつての鷭ヶ池の環境、鷭ヶ池の現状などについて調査を進めるとともに、鷭ヶ池の効果的な再生の方法は何か、自然保存地はどのような場所であるべきか考えてきました。その過程で、学内外に多くの協力者を得ることができ、自然再生の取り組みを実行する機運が高まっています。そこで私たちは、岐阜大学の知恵を結集し、鷭ヶ池の再生に向かっていく「鷭ヶ池自然再生プロジェクト」を提案しました。

 

02 鷭ヶ池の現状・問題点


 鷭ヶ池は1970年代のキャンパス統合移転に伴う自然保護運動によって残された「岐阜大学自然保存地」です。しかし、1975年の指定以降、具体的な維持管理・活用の方針は決まらず「放置」され、自然環境の劣化と生物多様性の低下が著しく進んでいることがこれまでの調査結果から確認されています。これらは非常に複雑なプロセスで進行していると考えられます。もちろん、地球環境や大学周辺の環境変化も原因と考えられますが、人間活動の影響によって劣化した鷭ヶ池の自然環境を私たちの手でコントロールし、復元(再生)することも人間の責任であると私たちは考えています。

 1982年頃に報告されている土砂・有機物の堆積増加や水位低下、水質悪化、外来生物種の侵入、釣り人の侵入、ポイ捨て(ごみの不法投棄)といった問題は現在でも確認されています。淡水赤潮は昨年も確認されており、2019年12月から2020年1月にかけては大規模渇水が発生しました。このような物理的環境は生物と密接に繋がっており、生物多様性の低下に大きな影響を及ぼすと言われています。鷭ヶ池で生育していた在来の水生植物(12種程度)はヨシを残してすべて絶滅したと考えられています。残されたヨシも外来植物の侵入・増加や乾燥地化によってその数を減らしています。水生生物についても水生昆虫や貝類を中心にその数を減らしていると考えられています。鷭ヶ池の名前の由来となったバンについても、1973年を最後に巣は記録されておらず、その飛来数も極めて少なくなっています。しかし、自然環境が劣化した現在でもトウカイヨシノボリやナゴヤダルマガエル、オオタカなどの希少種が確認されています。一昨年の冬季には1日300羽程度のガンカモ類が確認されています。

 

03 本プロジェクトの目的・目標


本プロジェクトは、かつて伊自良川の氾濫原であったという鷭ヶ池の自然環境の特性、岐阜大学のキャンパスの一部である社会環境を考慮し、以下の再生目標を掲げます。

 

人為的攪乱による新たな湖沼・湿地生態系の創出

現在の鷭ヶ池は、伊自良川と切り離されており、洪水等の攪乱作用を受けることなく、湿地的な環境から次第に乾燥した環境へと変化してきています。また、底質の堆積や水質の悪化、水辺に依存する生物種の減少が確認されています。鷭ヶ池の自然環境を再生するには、環境劣化の原因を解明し、対応する必要があると考えられます。その一つの方策として、鷭ヶ池に人為的撹乱を与えることによって、劣化してきた時間を巻き戻すことを目標にします。人為的撹乱により、鷭ヶ池の生物多様性(環境・生物種)の復元・回復、具体例としては土壌シードバンクやかいぼり(池干し)などによって鷭ヶ池の名前の由来となった水鳥「バン」が戻ってくるような環境づくりを目指します。

 

生物多様性保全の地域拠点・実験場としての大学キャンパス

鷭ヶ池(岐阜大学自然保存地)を含む柳戸キャンパス全体が地域の生物多様性保全(生息域内保全・生息域外保全)の場となるとともに、学生や地域の人々が実物に触れて環境学習を行う場、保全のための幅広い技術・視野を持った人材を育成する場となることを目指します。鷭ヶ池は新堀川を通じて伊自良川・村山川といった貴重な生息環境を有する河川と隣接しつながっていることなどから、周辺環境との関係性についても注目していきます。また、キャンパスを1つの実験場と位置付け、キャンパス内の自然環境を対象とした調査・研究が積極的に実施されることを目指します。これは岐阜大学が目指す環境科学分野(独創的・先進的研究)の拠点形成につながると考えられます。

 

多様な主体が協働して行う生物多様性保全・再生事業

岐阜大学環境サークル 生物多様性保全部門(学生有志)を中心として、岐阜大学内の幅広い専門家、学内外の協力者の協力を得ながら取り組みを進めていきます。具体例として、学生が主体となり、教職員や地域住民、他大学の関係者などで構成され、鷭ヶ池を中心としたキャンパスの自然環境の調査・研究・計画・管理を行う組織(協議会・WG)の創設を目指します。また、学内・地域にオープンな取り組みとして進めます。取組の過程をSNSなどを通じて発信するほか、学内外での発表の場などを通じて情報発信をしていきます。多くの人の協力を必要とする場面では、学内外に広く参加を呼びかけ、楽しめるイベントとして実施しながら鷭ヶ池に関心を持つ人のコミュニティを広げていきます。

 

04 自然再生における留意点


1)科学的知見に基づく実施

科学的なデータをもとに仮説を立て、検証しながら取り組んでいきます。鷭ヶ池の環境が劣化した仕組みを分析し、調査や観測を行いながら再生の方策を考え、仮説を立て、これを実行し、結果を確かめながら進めていきます。

 

2)分野横断的な検討

 生物多様性や生態系の異変の原因には、さまざまな物理・化学的な環境変化が影響していることが少なくないと言われています。生態学だけでなく、地学や水文学、河川工学、土木工学、気象学、化学など対象に応じてさまざまな分野の専門家の関与が必要となります。また、環境問題という1つの社会問題を扱う中で、利害関係者の合意形成や環境マネジメントシステムの導入、持続可能性への発展も必要になると考えられます。本プロジェクトでは、文系・理系の枠を超えて分野横断的な検討を目指します。

 

3)順応的管理に基づく実施

 自然再生プロジェクトの対象は生態系であり、そこに生息する動植物と物理的環境の膨大かつ複雑なシステムによって成り立っています。そのため、人為的撹乱が生態系に与える影響のすべてを把握し予測することは非常に困難(=不確実性)です。人為的撹乱が実施者の期待通りに行く場合もあれば、予期せぬ結果(取り返しのつかない失敗)をもたらす場合も考慮しなければなりません。この不確実性への対処として、順応的管理手法が求められています。これは、多様な主体が協働し、「仮説・実験・検証」といった科学的なプロセスを重視して事業や実践に取り組む手法です。

 

4)透明性の確保

 モニタリング結果を中心に順応的管理の各プロセスにおいて、プロジェクトに関わる専門家が科学的評価を行うべきですが、その解釈や判断が適切であるかどうか幅広く客観的評価を行う必要があります。インターネットや広報誌、パンフレット、看板などで案や結果を公表・公開し、広く意見を求め(パブリックコメント)、プロジェクトに反映させていきます。