Луна-3 ― 奪ったフィルムで月の裏側を撮影した探査機

Здравствуйте,Товарищ!

 ロシアによるウクライナ侵攻を受け、国際社会の連帯がより一層求められています。この状況に私も一石を投じるべく、少し変わった国際協力?を紹介したいと思います。

目次
  1. 月の裏側
  2. ルナ3号の設計
  3. в песках Байконура…
  4. おわりに
1.月の裏側
 皆さんご存じのように月は地球の唯一の衛星で、常に片面だけを地球に向けています。より正確に言えば、月が完全な球体でないことや月の公転軌道が真円ではないこと、地球上での観測者の位置の違い、太陽の重力などによりわずかながら振動する”秤動”とよばれる現象により、月の裏面の約18パーセントは地球上からでも観測することは可能です。では残りの82パーセントはどうかと言うと、こちらは地球上からは決して観測できず、1959年にソビエト連邦のルナ3号が初めて月の裏側を撮影するまで、有史以来誰も月の裏側を見ることは叶いませんでした。

1'.月が片面のみを地球に向ける原理について
このパートは本筋とは関係ないので、読み飛ばしていただいて差し支えありません。また物理学徒の皆様方に於きましては、醜怪なる仮定や近似の数々によって気分を害する恐れがありますことを予め申し上げます。

図1
惑星Aと衛星Bは拡大して描いてある。

 
簡略化のために平面で考えます。図1のように惑星Aを角速度ωで公転し角速度Ωで自転する衛星Bがあります。衛星Bに注目してみると、惑星Aの重力による潮汐力のために衛星Bはわずかに引き延ばされます。ただし潮汐力が最大になってから変形が最大になるまでには時間が必要なため、Ω≠ωでないときは変形の方向は惑星Aと衛星Bの中心を通る軸からはズレることに注意してください。このため衛星Bの中心に対して回転を止める方向にモーメントが生じ、結果として長い時間をかけΩ=ωとなります。このようにして天体の公転速度と自転速度が同期した状態を潮汐ロックといいます。ほとんどの衛星や恒星に近い惑星(水星など)は公転速度と自転速度が完全に同期、もしくは共鳴(簡単な整数比になる)しています。なお、潮汐ロックは惑星や恒星の側でも同様に起こります。実際、地球の自転周期は現在1世紀あたり約2.3ミリ秒増加しています。ただ地球の場合は、十分に自転速度が落ちるよりも太陽が赤色巨星になるほうが早いため、完全にロックされることはありません。
図2
惑星Aと衛星Bは拡大して描いてあり、衛星Bの変形は誇張してある。

 
それではより具体的に考えてみましょう。R>>r>>1という仮定の下で衛星Bを図3のようにバネとダンパがオモリに並列につながった素子をr個直列につなぎ、さらにそれを等間隔に4πr^2個並べたバネマスダンパ系として考えます。この直列に接続された素子のうち外側からs番目の素子は、衛星Bの中心からr-sの距離にある上底が一片1-s/rの正方形、下底が一片1-(s-1)/rの正方形、高さが1である錐台に近い領域(本当は若干曲がってるけどr>>1なのでほぼ錐台)をモデル化したものです。
図3
そのため、中心からr-sの距離での密度をρ
sとすると、sρs(1-s/r)^2となります。また、ばねの自然長は衛星Bの重力が加わった際にちょうど1になるようになっているとし、ばね定数は十分大きいため、衛星Bの重力によるばねの伸び縮みが無視できるほど小さいものとします。では
惑星Aと衛星Bの中心を通る軸からθ傾いた素子列のs番目の素子について注目してみます。
図4
変形が十分小さく、R>>r>>1が成立するという条件で運動方程式を立てると次のようになります。
xはおもりの変位、Gは万有引力定数、Mは惑星Aの質量を表します。いま、衛星Bは見かけの角速度Ω'(=Ω-ω)で回転していますからθ=Ω'tとして、オラオラっと運動方程式を解いてやると特解は次のようになります。

ただしδは次の条件を満たす定数です。
なお一般解は比較的速やかに減衰されるため、考慮する必要は(多分)ありません。簡単にするために、ここで大胆にもρsがsに関わらず一定と仮定します。また、cs,ksは断面積つまり(1-s/r)^2に比例するものと仮定します。Ω'は他の定数と比べて十分小さいと考えられるので、

と置きます。これによりx(t)は次のように書き換えられます。

したがってs番目の素子にかかる衛星Bの中心周りのトルクは
衛星Bの中心に対して点対称な位置にある素子とのトルクの和は
点対称な位置にある2つの素子列のモーメントの和は
さて、tを0からπ/Ω'まで変化させながら素子列のトルクを積分することで、素子列のトルクの平均の2π/Ω'倍が求められます。
ただし
トルクの平均を全球面にわたって積分すると
したがってΩ´の減少速度は次のように書けます。
Iは衛星Bの慣性モーメントであり、Cは
と表せます。

 結果より見かけの衛星Bの自転速度の減少量は衛星Bの半径の3乗に比例し(慣性モーメントは半径の2乗に比例するため)、惑星Aの質量の2乗に比例することがわかります。同様の議論は惑星Aの自転速度の低下にも適用できるため、見かけの自転速度が同じだとすると、地球の直径は月の4倍、地球の質量は月の81倍であるので、月は地球より約100倍速く自転速度が減少することがわかります。これにより月は地球よりはるかに速く潮汐ロックされることが理論的に説明できます。このほかにも、冥王星とその衛星カロンが互いに潮汐ロックを起こしていることが、質量の差が約10倍ほどしかないことから説明することができます。

2.ルナ3号の設計


 ルナ3号は図のように直径約95cm、高さ130cmの円筒形の密閉容器になっており、内部は22kPaに加圧されていました。搭載した機器としては、特徴的な4本のアンテナ、微小隕石や宇宙線の検出器、ソーラーパネル、«Чайка»(カモメ)姿勢制御システム、«Енисей»(エニセイ川)撮影システムがありました。他にも機体温度が25℃を超えるとカバーを開いて放熱するというロマン溢れる機構を搭載していましたが、やはり特筆すべきは«Чайка»システムと«Енисей»システムです。
 «Чайка»は各種センサーと圧縮窒素を用いたマイクロスラスタからなる3軸姿勢制御システムであり、世界で初めて自由に人工衛星の姿勢を変えることを可能にしました。月の裏側を通過する際には月により地球との通信が妨げられることが課題の一つでしたが、このシステムによってカメラと同じ向きに取り付けられた月光センサーと反対側に取り付けられた日光センサーを用いて自律的にカメラを月に向けることで、地上からの制御なしに月面をカメラに収めることに成功しました。
 «Енисей»はAFA-E1カメラ、自動現像装置、スキャナーと地上での受信・記録のための複合体*からなるシステムです。こちらも«Чайка»システム同様月の裏側を通過する際に地球との通信が妨げられることになることや、当時の技術では月から映像信号を送ることは距離的に不可能であったため、地球近傍で画像を送信するために、撮影した画像を保持する必要がありました。感熱紙、蓄積管***、磁気テープなどを用いる様々な方式が検討されましたが、最終的にフィルムに記録することが当時とれた唯一の選択肢でした。
 しかしながら、このフィルムを用いる方式にも大きな課題がありました。宇宙空間では大気や地場がないため、地上と比べ多くの放射線が存在し、フィルムに放射線が当たると感光してしまう点です。例えば月面では13.2±1μGy*****の放射線が観測され、これは地球上の約100~1000倍に相当します。当時のソ連ではこのような高い放射線環境に耐え、満足できる性能を持つフィルムは製造されていませんでした。そこで白羽の矢が立ったのがアメリカが打ち上げた観測気球に搭載されていたフィルムでした。この気球はゲネトリクス計画によりソ連とその衛星国を偵察するため打ち上げられた高高度気球で、それなりの数がソ連の重対空砲やMiG-15戦闘機により撃墜され、鹵獲されました。ゲネトリクス気球は計画では約22kmまでの高高度を飛行するため、高度な放射線耐性を持ったフィルムを使用しており、これを使用することによってルナ3号はついに人類初の月面の裏側の撮影に挑むことができました。

ゲネトリクス気球


*       ソ連でしか使われないだろうワード筆頭。意味はシステムと同じ。分子生物学で出てくる複合体とは異なる。
** 撮像管****と磁気テープを用いた«Енисей3»が開発されていたがルナ3号には間に合わなかった。
***   情報を記録し、管面に表示させたり、電気信号を出力させることによって情報を取り出すことのできる電子管。
**** 光の強弱を電気信号に変換する真空管の一種。近年ではCCDイメージセンサやCMOSイメージセンサに取って代わられ、特殊な用途のみで用いられる。
*****Zhang, S., Wimmer-Schweingruber, R. F., Yu, J., Wang, C., Fu, Q., Zou, Y., ... & Quan, Z. (2020). First measurements of the radiation dose on the lunar surface. Science Advances6(39), eaaz1334.



3.в песках Байконура…*
ルナ3号の飛行経路

 ルナ3号は1959年10月4日にルナロケット**によってバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、傾斜角75度、公転周期370時間の非常に離心率の高い楕円軌道に入りました。途中、探査機からの信号強度が不足したり、温度が予想以上に上昇したりするアクシデントがありましたが、1959年10月6日の14:16UTには月の南極上空6200kmまで接近しました。10月7日の03:30UTに撮影が始まり、40分にわたって月の裏側の約7割を写した29枚の写真を撮影しました。この月近傍の通過時に世界で初めて月スイングバイが行われました。スイングバイとは天体の近傍を通過することで推進剤を消費することなく速度、運動方向を変える技術です。これによりルナ3号の軌道面は図のようにソ連の観測所がある地球の北半球上空を通過するように変更されました。その後信号強度の弱さに悩まされながらも、10月18日までに合計17枚の写真を受信しました。
ルナ3号が撮影した26フレーム目の写真

*  宇宙軍の歌(Космические войска)の一節。日本語では「バイコヌールの砂漠から」となる。
**    R-7大陸間弾道ミサイルをベースに第3段(ブロックE)を追加して世界で初めて第二宇宙速度を超えることを可能にした。R-7からは他にもスプートニクロケットやボストークロケット、さらには現在まで連綿と続く傑作機ソユーズロケットが派生している。ちなみにR-9大陸間弾道ミサイルは垂直に発射され、R-7より一回り小さいが過冷却液体酸素を使うことにより燃料充填にかかる時間をはるかに短縮するなど優れた特性を持っている。名前こそR-7に似ているが、スプートニク計画とは全く関係ないのでご注意を。

4.おわりに
 ルナ3号の調査では月の裏側の約70パーセントが撮影され、すぐにツィオルコフスキー・クレーターやモスクワの海*などの地名が割り振られました。また、表面と裏面はさほど変わらないという大方の予想に反して月の裏面には海**が非常に少ないことが明らかになりました。これは現在に至るまで明確な理由がわかっていません。
 さて、ルナ3号は月の裏側を撮影するという偉業を成し遂げましたが、この偉業はソ連だけで成し遂げられたものではありませんでした。このルナ3号だけでなくべネラ計画***、ルノホート計画****、そして国際宇宙ステーションのいずれも他国の協力なくしては完遂するのは困難だったでしょう。また、バイコヌール宇宙基地を有するカザフスタンや、かつては多くの部品を供給していたウクライナも極めて大きな役割を果たしてきました。
 ロシアによるウクライナ侵攻以降、ロスコスモスCEOのロゴージンを筆頭に宇宙開発の分野でも挑発的な発言や行動が繰り返されていますが、すべてのサイエンス、とりわけ宇宙工学と国際協力は不可分であり、一刻も早くロシアの優れた技術が他国を威圧する目的でなく、人類全体として前進するために正しく使われることを願っています。

*  慣習として、月の海は気象や海に関する語、精神状態などを冠するため、モスクワの海は「モスクワ」という精神状態として(一応)受け入れられた。この他にもソ連は慣習から外れた命名を数多く行ったため、国際天文学連合が命名の規則や慣習をより重要視するきっかけになった。
** 月面で黒っぽく見える玄武岩質の平原。放射性同位体の崩壊熱により溶解した融点の低い玄武岩がクレーターの底から湧き出し、クレーターを埋め尽くすことによって形成されたとされる。
***  ソ連の金星探査計画。予想を超える金星の大気圧により何度も着陸船が破壊されたが、アメリカの観測データを受け徹底した大気圧への対策を行った結果、金星への軟着陸に成功した。
****ソ連の探査車による月面探査計画。アメリカの科学者が密かに手渡した月面の詳細な地図が探査を速めたという。合計で3台が送り込まれた(内1台はロケットと共に爆散)。放射線への耐性を生かしてのちに改良型がチェルノブイリ原発事故に投入された。めちゃくちゃかわいい。