小説 『天才的な弟飯』

これは『太陽3人組の短編集』という、同じ登場人物の短編をまとめた話の1つになります。その中でも、『美味しい食事が出てくる小説を書いてみよう』という課題の元執筆しました。


【登場人物】
朝陽(あさひ):双子の姉、芸術家タイプ。
夕陽(ゆうひ):双子の弟、頭脳明晰。
真昼(まひる):友人の男の子、器用貧乏。



 お茶の時間はとっくに過ぎ、とはいえ夕食には早いような微妙な時間。用事を済ませ帰ってくるなり、私はソファーに倒れ込んだ。疲れたというのもあったけれど、何よりお腹が減ってしまって。
 朝は手のひらサイズのロールパン一つ、昼食は食べ損ねた。倒れそうなくらいに、お腹が空いている。とはいえ作る元気なんてない。今はただ、出された食事を食べたかった。
 暇そうだった弟にご飯を作って欲しいとお願いすれば、一つ返事で良いよと言ってくれた。そのため現在こうして、まだかまだかと出来上がるのを待っているに至る。
「……」
 何を作っているんだろう。お肉が焼ける香ばしい匂いと、ケチャップのような甘酸っぱい匂いが部屋中に満ちていて、この上なく食欲を刺激される。お肉とケチャップ……ハンバーグかな。でもひき肉をこねている様子はない。
 冷蔵庫を開ける、少し重たい音がした。そしてそれに続いてコツコツという音が四回と、液は液でも水とは違うあの独特の音。卵だ。
「ふふっ」
 卵とケチャップの組み合わせは、あれしかない。私の一番の大好物。
 わくわくしながら、出来上がりを待つ。すると、ガコンと換気扇を切る音がした。完成したらしい。
 ソファーから立ち上がり、テーブルの方へ移動する。そして絨毯の上に座って待っていれば、夕陽は二人分のお皿を両手に持ってキッチンから出てきて、静かにテーブルに置いた。
 やっぱり予想通り、オムライスだ。しかも結構……いや、かなり上手い。
 少し濃いオレンジ色のチキンライスには、大きく切られたお肉が入っていて、触感が想像できる。そして何より、上に乗っている卵だ。焦げ目なんて一つも見当たらない綺麗な黄色と、厚みのあるふんわりとしたオムレツを象徴するような形。
 割ってみたいなぁと思った。中はとろとろなんだろうか。それともふわふわ? どっちにしても、絶対美味しいに決まっている。
「まだ食うなよ」
 まるで子供に言いつけるように言って、彼は再度キッチンに入っていく。そして持ってきたのは包丁だった。
「もしかして?」
 意味が分かり笑顔で訊いてみれば、彼も珍しく笑顔を返してくれる。
「そう」
 彼は包丁の刃先だけをそっと卵に入れて、ゆっくりと横に切っていく。すると、とろっとした卵がチキンライスを隠すように広がった。
「凄い、夕陽天才!」
「だろ」
 どや顔。でも実際そうだ、これはそうとしか言えない。だってこんな演出、値段の高い洋食屋さんでしか見られない。
「食べていい? いや、食べます」
「はいはい、食え」
「いただきます!」
 手を合わせてから、大きいひとくち。
「……!」
 お、美味しい。こんなに美味しいオムライスが今までにあった?
 触感を僅かに残しつつも、とろっとした卵。完璧なとろとろ加減だ。しかもバターの味がして、それがまた洋食屋さんのように本格的な味になっている。チキンライスは、卵の上にソースがかかっていない分濃い目に味付けられているため、丁度いいバランス。
「んふふ……」
 つい一人笑いが出た。
「何、キモい」
 そう言う夕陽も、なんだか満更でもないような顔をしていて。私の言いたいことが分かっているからこその、照れ隠しだと思う。
「美味しいんだもの、とっても。今まで食べた中で一番」
「腹が減っているからだろ」
「それを抜きにしてもだよ! 美味しい、幸せ」
「ふーん」
 素っ気なく言ってから、夕陽は向かい側に座る。そして同じように大きなひとくちを。
「美味しいでしょ?」
「まぁ良くできた方」
 お互い、暫く黙々と食べていた。空腹が落ち着いてくると、話題として思ったことを訊いてみる。
「このオムレツ、絶対難易度が高いでしょう? 夕陽がこんなに凄いものを作れるなんて知らなかったよ」
「食べたくて練習した」
「そうなの? どれくらい?」
「三回」
「三回⁉」 
 予想外の少なさに驚く。意外と簡単なのだろうか。
「火を通す時間、返す時間等を計算しながら」
「……」
 なるほど、夕陽だからこそ出来るやり方だ。
 最後のひとくち。もぐもぐともう一度味わってから飲み込み、スプーンを置く。
「ご馳走様でした」
「お粗末様。まぁ、練習したかいはあったわ」
 先に食べ終えていた夕陽は、頬杖をつきながら表情を和らげた。
 美味しかったなぁ、本当に美味しかった。あんなにお腹が空いていて、量も別に大盛りだったわけではないのに、同じくらい……いや、それ以上の満足感だ。
「是非ともまた作って欲しいなぁ」
「気が向いたらな」
 そう言いながら、実は優しい夕陽のことだからまた作ってくれるだろう。ただちょっと悔しいため、次は夕陽を美味しすぎて驚かせられるように、何か練習してみようかなと思った。