短編1

神様と奴隷                上荒磯 佑哉
 
 客は神様だ……という言葉がある。なら店員は何だ? と疑問に思ったことが皆一度はあるだろう。その答え。この俺、城門ミナトが教えてやろう。客が神様なら、店員は〝奴隷〟である。
「えー、これーおいしのー?」
「マジマジ!」
 そう奴隷。少なくともこの、大手ハンバーガーチェーン店、ワル二ナルダではそうだ。
客のどんなオーダーにも笑顔で対応し無理難題にも喜んで引き受ける。そう、だから例え……例え……目の前でバカップルがイチャイチャしていようと、怒りの感情などわかない! 
「えーとーじゃ、これでー」
「はい、わかりました・他にご注文はございませんか?」
目の前のバカップルの男が提示した注文に対し、俺は奥歯を強く噛みしめて笑顔を作り対応する。
決して、店の混むこのクソ忙しいピーク時に並んでる間にメニューも決めずにレジの前に来てるんじゃーよ! など思っていない。それに、ここでそんなことを思っては負けだ。なぜなら、ここは神(おきゃく)様(さま)が注文という武器を片手に上から攻撃を繰り出し、それを俺たち奴隷(てんいん)が完璧な形で受け止め、投げ返す。そして、それを神(おきゃく)様(さま)は当然のように受け取るというこの世で最もアウェーな戦場。
奴隷(てんいん)の勝利はただ一つ。神(おきゃく)様(さま)の注文という攻撃を求める形で投げ返せたときである。
「では、こちらの立札を立ててお待ちください」
 そんな、今の現状を再確認し番号札を両手で手渡し俺は目の前のバカップルを席に誘導した。さて、
「次のお客様―。 ご注文がお決まりでしたらこちらからどうぞー」
 そう言い神(おきゃく)様(さま)を目の前に誘導する。俺の前に現れたのは腰の曲がったどこにでもいる六十歳程のおじい様だった。
 さて……気を引き締めなければな。俺は、先ほどのバカップル以上に聴覚を研ぎ澄ませる。これは、完全に俺の独断と偏見だが世の中には三種類の神(おきゃく)様(さま)がいると考えている。
まず、Aタイプのお客様。主に、学生や二十代や三十代の男女の神(おきゃく)様(さま)をさす。ここに位置する神(おきゃく)様(さま)は対応も簡単だ。何を言っているか分かるうえに基本的に注文も割と分かりやすいからだ。次がBタイプ。Aに入らない四十代の女性の神(おきゃく)様(さま)とお家族ずれの神(おきゃく)様(さま)や、孫を連れた神(おきゃく)様(さま)をさす。特に家族ずれの神(おきゃく)様(さま)は品数が多いため下手をすると、間違えそれの修正に時間をロスしてしまう可能性がある。が、もし間違えても子供の手前あまり強く当たることはなく、すぐに修正すれば問題はない。それに、子ずれの場合たいていはおもちゃ目当てのワクワクセットと相場が決まっているためそこまで苦戦することはない。そして、最も厄介なのがそれ以外のGタイプ。まず何より何を頼むかが人それぞれでまったく予想できない。その為、よく注文を聞かないといけないのだが、注文する当の本人達は基本的に声が小さい、活舌が悪い、早口という聞き取りずらさ三大武器を持っている為いくら聞き逃さないようにしようとしても、必ず漏れが出てしまう。しかし、聞き返そうものならどんな理不尽なお怒りが飛んでくるか分からない。おまけに今はお昼時! 最も神(おきゃく)様(さま)がご来店し忙しいピーク時! つまり。
「そっちお願い!」
「ラージ揚げたて塩抜きで!」
「ラテ早くー!」
この俺のいるレジカウンターという戦場以外でも戦うものがいる。そして、そんな仲間たちの戦いの音色が俺と神(おきゃく)様(さま)の勝負で俺を不利にするのだ……だが! それでこの俺が負けを認める事はない! なぜなら、俺には聴覚以外にも武器があるからだ。それは、視覚! 目の前の神(おきゃく)様(さま)の目線、口の動きなどから、神(おきゃく)様(さま)が何を選ぶかを当てることが出来るのだ。そして、今回俺が目を付けたのは右手だ。固く握られた拳の中にあるのはおそらく貨幣! それも百円とみた。ならば、選ぶ商品は一つ! ホットコーヒーSだ。勿論、この推論にも理由がある。 
まず、この店で百円の商品はホットもしくはアイスのコーヒーS。ソフトクリーム。そして、チョコパイだ。この中で糖尿病や血糖値を気にしなくて選べるのは一つ。コーヒーSのみ。ここで安易に梅雨に差し掛かろうとしているこの時期だからと言ってアイスだと考えてしまうようでは二流だ。経験上、そしてお年寄の事を真に考えれば体が冷え代謝を悪くしてしまうアイスではなく体に優しいホットを選ぶ! 準備は完璧! さぁこい!
「ホッオオーヒー一つ」
 よし! 俺は内心喜びながらも顔に出さずレジを打つ。やはり、俺の予想は間違えてなかった。後はその手の中の百円を! しかし、そんな勝利による歓喜の気持ちもすぐに消し飛んでしまう。なぜなら神(おきゃく)様(さま)が差し出した金額が五百円だったからだ。単に百円が無かった……いや違う。これは
 俺はすぐにお会計の画面を戻しメニュー一覧に戻る。
「アンガー一つ」
 やはり! コーヒー一つではなかったか! 活舌の悪さは相変わらずだが三文字そして神(おきゃく)様(さま)の視線から察するにハンバーガー! 完璧だ! ふふ、今日も勝った! まぁ、とりあえず、定型文通りに
「ほかにご注文はございませんか?」
ま、無いだろうだけど
「あぁーそれとーワクワクセット四つ」
 ……神(おきゃく)様(さま)、ここに来る前に頭の病院に行くことをお勧めしますよ。そんな言葉が喉から出てくるギリギリのところで飲み込んだ。危ないところだった。そして、すぐにあたりを見渡す。しかし、子供は見受けられない。どうやら、俺の見落としではなく本当に子供はいない。となると、席に座っているのとみた。
 しかし、そんな俺の推理など知ったこっちゃ無い神(おきゃく)様(さま)は活舌の悪い言葉で淡々とピクルス抜きや、オニオン抜きなどの注文を投げかけてくる。それを俺は音だけでなく今までの経験則から読み取る。だが、流石に時間がかかる。まさかサイドメニュー、ドリンク全てが違うとは。 だが……なめるな! 俺はさらに、メニューを打つスピードを上げる。自慢じゃないが、俺はこのレジンに映し出されている商品の場所は全て覚えている。その力をフルに使えば、神(おきゃく)様(さま)が言ったメニューを探すという行為を省くことが出来る。よって、神(おきゃく)様(さま)、の求めるスピードで注文を完成させられる!
 俺は最後の注文を打ち終わると笑顔を作り次のすてんい移る。
「店内で召し上がられますか?」
「あい」
「合計で二千二百円となります。ポイントカードはお持ちですか?」
 さぁ、判定の時だ。神(おきゃく)様(さま)の望むスピードで終わらせることが出来たか。つまり、俺が勝ったかどうかはこのお会計の神(おきゃく)様(さま)の対応で分かる。失敗の場合は硬貨を投げ捨てるように支払う。列を抜けるとき睨む、舌打ちをする。成功の場合は特に何も無いという感じだ。さぁ……どうだ……!
神(おきゃく)様(さま)は震える手でお金を支払う。お会計はぴったりだった。俺はレシートと番号札を両手で手渡し笑顔で頭を下げる。
「ありがとうございます」
「……ありがおーね」
 そんな、活舌の悪い言葉が耳に届いた……どうやら今回は俺の勝ちのようだ……。
 俺は頭を上げ次の戦いの合図となる言葉を放つ。
「ご注文がお決まりでしたら、こちらからお聞きします」