のんた
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ヒストリー

出身地

宮城県

幼少期の暮らし、体験

宮城県の小さな病院から聞こえる、泣きわめく声。
それは近くの赤ちゃんの泣き声で、出産時あまり泣きわめかなかった(らしい)自分。

幼少期は、12と10上の姉2人に、とても可愛がられた。
昔から、姉と喧嘩することはなかった。
だって、負けるもん、物理的に。

家で飼っていた犬のコロに鬱陶しいほど絡んだ結果、噛まれ、それ以降動物が苦手になった( ̄▽ ̄)

宿題はその日に、夏休みの課題は前半に集中してなど、物事は先回りしてやる、少し几帳面な人間でした。




中学・高校時代

茨城県立水戸桜ノ牧高等学校 2021年卒業
中学ではSKET DANCE」で生徒会に憧れ、生徒会長に就任する。
部活動は、男子バレーボール部で、セッターポジションを3年間全うした。
この時期は、ボランティアに関心などほぼほぼなかった。
しかし中学3年の1月、地元の高校生会の人が中学へ勧誘しに来た。私はそれを「ふーん、こんなのもあるんだなぁ」と軽い気持ちで聞いていた。



高校は制服で選んだ。
そう、制服で選んだ。
(中学時代学ランで、入学式の時に姉に「学ラン似合わないね(*^-^*)」と言われたのを3年間根に持って、ブレザーの学校にした。ブレザーしか勝たん)
通称:青春の牧高🌸に足を踏み入れたのだった。

中学3年の時に勧誘に来た高校生会に興味を持った。楽しそう。青春そう。
そんな気持ちで、新歓が5月末なのに4月初めに入った猛者。
高校生会は地域のボランティアがメインの活動で、自主企画で子どもたちと遊ぶことから、地域のイベントのお手伝いまで、幅広い活動をした。
夜中に歌いながらみんなでカレーを作ったのもいい思い出だ(戻りたいカレーの日)
そのころから、「ボランティアって楽しいんだ!」といった、あってるのかあってないのかよくわからない感情をボランティアに対して抱くようになっていった。

その他にも、地域のイベント団体に所属したり、他の地区の高校生会に入ったり、行政の活動手伝ったり、と比較的活動的だった高校時代。

コロナが来る直前に行った海外へ渡航した。
それが、ラオスであった。
現地の学校や街を訪問した。このような環境で生活をしているのか。教科書やネットでしか知らなかった途上国の状態。空気。
帰国後の反省レポートには「幸せとはなんなのか」といった疑問文をぽつんと、文末に記した。

大学・専門学校時代

茨城大学
家から通える範囲という条件を満たしながら、撮りたい資格のカリキュラムがある国公立を発見。推薦面接で、付け焼刃の心理知識を教授に披露した(楽しかった)

ボランティアは何かしらの形で続けようと思っていたのだが、大学内にボランティアサークルは2つしかなかった。片方のサークルで、「筑波を倒そう」「不本意入学の君へ」といった広告を見かけた。「煽ってるなぁ、どんな感じなんやろ、見学行くか」とまんまと先輩たちの思惑に惑わされ、気づいたら加入していた(雰囲気も良かったし、やりたいことができそうだったのが一番の決め手)。
ただのボランティアサークルだと思って蓋を開けてみたら、全国の仲間とお互いに高めあえる素晴らしい学生団体だった。
大学を越えた学び、経験、人脈、達成感、思い出。


まだまだ、研鑽を積んでいきたいと思う。

職歴

1年4月 STUDY FOR TWO 茨城大学支部の煽り新歓に引っ掛かり加入
1年5月 事務局 PRチーム ブランディングチームに加入
1年6月 フレキャン(オンライン)に参加
1年8月 2021夏合宿(オンライン)に参加
1年9月 茨城大学支部 支部長に就任
1年3月 2022春合宿(オンライン)に参加
    ブランディングチームを休止
    関東地区代表に就任
2年4月 関東地区活(対面)を開催
2年5月 関東地区活(対面)を開催
2年9月 関東地区活(オンライン)を開催
2年10月 関東地区活(対面)を開催
2年12月 関東地区合宿(対面)を開催
2年1月 茨城大学支部 支部長を退任
2年3月 2023春合宿(対面)に参加
3年4月 関東地区代表を退任