夢野
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ヒストリー

出身地

中国 北京市

幼少期の暮らし、体験

​生まれる前から父親の筑波大学大学院留学が決まっていて、一歳半で母と日本に行って小学三年生まで日本で生活していました。
その後、中国に帰ったものの、内向的な性格で人との交流が苦手でした。同時に中国語は日常会話のレベルだったので一年生から学び直しとなり、その後一年上の学年に飛び級できて、現在も一年遅れのままです。

私は中国に帰った際丁度中国が急成長するところを目の当たりにしました。同時に初めて国と国の問題を8歳ながらに身をもって感じました。
歴史上での戦争問題が引き起こした憎しみなど、
学校で一年生から戦争による屈辱を忘れず前に進むなど、日本を恨んでしまうことになると考えないのだろうかと子供ながらに困惑状態になりました。なぜなら、日本で住んた経験がある私にとって理解が及ばなかったからです。
 
インターネットが発展し、日本のアニメなどをみんな見ていましたが、日本のアニメの炎上は少なくなかったです。炎上したら皆人が変わったように、好きだった作品を貶して、日本への嫌悪感に繋がるのです。

私は二つの国の人の思考を理解できる存在として育ちました。作品が少しでもみんなが何かをするきっかけになって欲しいと思うのは、その国に実際に行って感じるべきだと思ったからです。
知らないもの、なんとなく知ってるものをとやかく言うのではなく、実体験や視野を広げていかなければずっと恨み合うだけだと思ったからです。でも同時に疑うことは忘れてはいけないというのもあります、体験したものが全てではない、それは自分が体験した一部でしかないからです。

中学・高校時代

​そして中学では、私は内向的な自分を変えよう、積極的に色々やろうとしました、結果皆から胡兄と愛称で呼ばれたり、いろんな学校イベントに先生や同級生から推薦され参加しました。

アニメはずっと好きでしたが、やりたいことが明確になっていない中、中3と言う重要な時にコロナが暴発しました。
それがきっかけに私はデジタル絵やイラスト、Adobeのいろんなソフトに触り、様々なものを自分で模索して作りました。
そして米山舞さんの作品に出会い、魅了されました。ストーリーを感じるイラストに心を奪われました。それを機にアニメーターとして活動しようと決意しました。親はずっと絵に対しては反対で、独学で絵の勉強をしました。そしてその作品は絶対誰かの目に届く、誰かに認められる、その実績をもって親を説得しようと思いTwitterに投稿を始めました。そして色々な友達と知り合い、自ら米山舞さんに連絡をしたり、返事をもらいすごく勇気をもらい、ますます励みました。

そして時間は過ぎ高校二年生の夏休みに初めて日本のアニメの制作会社の方から声をかけていただきました、その方はアニメ業界の現状をどうにかしたく、アニメーターに仕事をしてもらいながら自分で育てたいと言ってました。そして私は初めてアニメの仕事ができることになり、初めてクレジットに出た時親に話しました。親はやはり賛成してはくれませんでしたが、なんとか日本留学までもっていけました。
その後も留学まで夢野という名前でずっとアニメーターとして活動しています。

そして去年私は再び日本に来て、1人で住み今に至ります

職歴

​(オンエア)

クレジット名 夢野
  • エンゲージキス #8 tp修正  #9 第二原画 #12 第二原画
  • リコリスリコイル #13 第二原画
  • ニーア1クール #1 第二原画 #3 第二原画 #4 作画監督補佐 第二原画 tp修正 #5 第二原画 # 6 第二原画 特殊エンディング第二原画 #7 第二原画 #8 第二原画 #9 原画 tp修正 #11 作画監督補佐 原画 tp修正 #12 作画監督補佐 原画 tp修正 
  • fake strange 第二原画
  • fgo cm 第二原画
  • ダンジョン飯 #6 第二原画
  • ヒプノシスマイク #5 第二原画 #10 原画 #12 原画
  • デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 劇場前章後章 原画
  • 送葬のフリーレン # 14 第二原画
  • マッシュル 一期 オープニング第二原画
  • マッシュル 二期 #21 原画
  • ニーア2クール  #オープニング 原画 #13 第二原画 #17 作監補佐 原画 デジタル修正
  • 愚物語   #1 原画


部活動

​小学校では、自分がフルートを習っていたので、先生に誘われ、小学校ではマーチング部初期メンバーとしていろんな大会に参加しました。そこで様々な打楽器を体験しました。

​同時にサッカークラブで右FWとして全国大会を体験しました

中学では、バスケットボール部でエースとして活躍してました。

マーチングもバスケットボールもサッカーも個人プレーとチームプレーがうまく組み合わさって良い演奏、良い試合になります。
それは、アニメーション制作にも通じることだと思います。