有澤寧々
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ヒストリー

出身地

富山県

幼少期の暮らし、体験

身体を動かすことが好きで、たくさんのスポーツの習い事をした。特に力を入れていたのは空手道で、年長から小学6年生まで続けた。

​小学校では5年生と6年生の担任をしていただいた恩師に出会い、その出会いがあったからこそ今の自分があると思える。

中学・高校時代

富山県立滑川高等学校 2019年卒業
中学校では、部活動でキャプテンを務めたりクラスでは副会長を務めるなど中心となって活動することが多かった。様々な活動などにも積極的に参加した。
​バレーボール部に所属していて、試合に6人しか出れないのに部員は20人近くいるというチームプレーならではのレギュラー争奪戦などがあり、部員をまとめるのにとても苦労した。私自身、特別上手いわけではなかったためみんなの中心の立場であることに悩む日々が続いたが、自分の技術をみんなに伝えたり誰よりも声を出したり周りへの気遣いを心がけることで自然に部員がついてきてくれるようになり、やりがいを感じた。
学校代表や県代表で被災地訪問や北方領土返還事業などの活動に参加させていただく機会があった。当時は先生に言われて仕方なくと思っていたけど活動後には参加して良かったと心から思えて、それ以来ボランティア活動などそのような機会があると積極的に参加をしていた。

高校では、初めてレスリングというスポーツに触れた。今まで聞いたことはあってもやったことはもちろん無く未知の世界だった。バレーボールを続けるつもりだったが進学先のバレー部を見た時に自分の能力を発揮できないと感じて悩んでいたところレスリング部の先生に声をかけていただき、断れずにそのまま入部したというのがきっかけで始めた。入部が決まった途端に練習がきつくて何度も辞めたいと思ったことがあったけれど、顧問の先生や同期に支えられて出来ることが増えてくると共に勝ちたいという思いが強くなり、周りに追いつこうと努力した。でも、なかなか勝つことが出来なくて全国で入賞したいという目標は届かずに引退を迎え、この目標を達成しないままレスリングを辞めたくないと思い大学進学を決意した。レスリングというスポーツを一から教えてくださった顧問の先生にはとても感謝している。先生が声をかけてくれなかったらレスリングをしていないだろうし、その先生じゃないともしかしたら辞めていたかもしれないと思うと、先生との出会いは自分の人生においてとても大きい。

大学・専門学校時代

福岡大学
​部活動は高校時と変わりなく「全国入賞」を目標に日々の練習に励んでいるが、怪我をしたりなかなか成績を残せなかったり、今はコロナ禍で試合が中止になったりとモチベーションを保つのに悩む時期もある。でも高校の自分と比べると力がついたり技術が増えたり成長出来ていると実感している。目標がある以上、自分を見失わずに自分で決めたことに向けて今後も努力したい。

​勉学では私は元々勉強嫌いだけど、大学に入学して単位やGPA​といった新しい仕組みがあることで常に意識して勉強するようになった。また、興味がある分野を専門的に学ぶため勉強が楽しいしもっと知識を身につけたいと思うようになった。スポーツだけでなく、最近は色んなことに興味があるため学生のうちにたくさんのことをを学びたいと思う。