佐藤 彩
フォロー コンタクト

ヒストリー

出身地

茨城県日立市

幼少期の暮らし、体験

おてんば娘だった」とよく父母から言われます。

昼休みや放課後は男女混ざって近所の公園で鬼ごっこやドッヂボールをして、ずっと遊んでました。脳内には遊びしか選択肢がない人間でした。

9歳(小3)の夏、「コード・ブルー」の比嘉愛未さんが演じるフライトナースの冴島さんを見て、「かっこいい!こんな看護師さんになりたい!」と思い、看護師を目指すようになりました。

中学・高校時代

茨城キリスト教学園高等学校 2018年卒業

中学校はバレー部と陸上部を兼部する部活一筋人間でした。

バレーはセンターポジション。アタックしたり、ブロックしたり、サーブしたり、とりあえず大きい声出したり。部員数が多く、スタメン争奪戦が激しくて大変だったけど、根っから負けず嫌いな性格なので、それもそれで楽しかったです。

陸上では中2・3の時に、4×100Mリレーで2年連続県大会優勝・全国大会出場を先輩・同期と成し遂げました。個人では200Mを専門とし、目標達成に向けて毎日朝から晩までずっと走っていました。

記録が伸び悩んだり、怪我をしたり、選抜に入れなかったり、悔しい思いも沢山しました。「逃げたい!部活やめたい!」って100万回思ったけど、今は良い思い出。バレーと陸上をやっていなかったら、こんなに信念強くひたすらに取り組み、何かを成し遂げる経験は出来なかったと思います。

中学時代から一転、高校では勉強一筋人間でした。

入学時になぜか特進コース(お勉強頑張るコース)のクラスに入れてしまいました。でも、中学時代は前述の通り部活ばかり、毎日の授業についていくのにいっぱいいっぱいでした。だから毎日勉強勉強。

高校2年生の時に、1か月間の語学研修に参加しました。テキサスの大学で授業を受けたり、ホームステイをさせてもらったり、海外のお友達を作ったり、本場のジャンクフードをたらふく食べたり。語学や異文化を学んだり、ただ楽しんだり。良い経験になりました。

語学研修中にアメリカの保険制度が平等でないこと、金銭的な問題で保険に加入できないことなどを知りました。また、私のホストファミリーがメキシコからの移民ということもあり、「移民の方がより医療が遠い」ことなどアメリカの医療問題も知りました。その時に、移民や難民の方、医療が身近にない方にも医療を提供したいと、国際的な看護師を目指すきっかけにもなりました。

大学・専門学校時代

筑波大学

小学校3年生の時からの「看護師になる!」という夢を実現させるために、看護学類に入学しました。国際的な看護師も視野に入れていたため、国際系にも特化していた筑波大を選択しました。

入学当時は陸上をまたやりたいと思い、医学系の陸上部に入りました。

1年間活動を終えたころ、「私が大学生でやりたかったこと(国際ボランティア活動などを通して海外を知るなど)がまだ出来ていない」と気づき、陸上部を退部。WorldFut TSUKUBA(以下WFT)に加入しました。

WFT1年目の昨年は全てが刺激的でした。1から大会やイベントを作りあげたり、夏はカンボジアに行って一緒にサッカーをしたり、村の方とお話したり。もっとWFTで頑張りたい、WFTメンバーと共に何かを成し遂げたい、そう思った1年目でした。

大学2年の春からの途中加入であったため、2年目から早速執行代です。今年は国外活動プロジェクトのリーダーをやらせていただています。WFTが国際協力をしている、カンボジアに行っているのは知っているものの、詳しくは知られていないという現状から、WFTが何を目的として、何のために国外活動を行っているのか、イベントや企画、SNSなどで発信していきたいと思っています。

職歴

寿司チェーン店でアルバイト教育係,スマイル0円のファストフード店で1年半アルバイト。

飲食チェーン店に懲り懲りし、現在アパレルと個人経営の居酒屋でアルバイト