しおん
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ヒストリー

出身地

山梨県

幼少期の暮らし、体験

物心つく前から日本各地を転々としており、幼少期の大部分は九州で過ごしました。

幼稚園時代の2年間は名古屋で、小学校低学年は北九州で過ごしました。
小学校3年生の時に山梨に引っ越し、高校卒業まで暮らすことになります。

住む場所が変われば、今までの自分は通用しないことを痛感しました。今まで住んできた地方都市とは異なり、転入者が多い土地ではありません。クラスメイトの多くは幼少期からずっと知り合い同士で、人間関係が固定化されていました。新参者の私がそこに割って入るのには、高い壁がありました。本音で付き合うことのできる友人を作ることも難しく、孤独感や、疎外感を感じる毎日でした。

けれども、悪いことばかりではありませんでした。この転校経験は私に、二つのことを気づかせてくれました。一つ目は、弱者の立場を尊重することの大切さです。アウトサイダーになって始めて、マイノリティーの立場が理解できたのです。二つ目は、どの環境でも通用するようなアイデンティティーや能力を確立しなければいけないということです。

新しいコミュニティに飛び込みたい一心で、中学受験を決意しました。

中学・高校時代

念願叶って中高一貫校に入学し、テニス部に所属していました。

中学時代は受験勉強に縛られることなく、自分のしたいことを伸び伸びとしていました。寸劇の台本を書いたり、クラス劇に役者として出たり、おもしろムービーを撮ったり…興味を持ったことに後先構わず取り組んでいました。(このマインドは今も変わっていません)生徒の自主性を重んじる学校の風土も、私のアクションを後押ししてくれたと思っています。

高校では対照的に、課外活動には積極的に関わることなく勉強一筋の学校生活を送りました。この時期にやりたいことをやっておけば良かったという後悔が、今の私の原動力になっています。やらなかった後悔はその後も心をじわじわと苦しめるということを学びました。

大学・専門学校時代

お茶の水女子大学

大学に入学し、徽音祭実行委員会に所属しています。

入学以来、実行委員会や寮での共同生活、サークル活動を通じて多くの人と関わってきました。高校時代に果たせなかった、人と向き合うことでしか学べないスキル(リーダー/フォロワーシップ、組織で働くことなど)の習得に遅ればせながら取り組んでいます。出会う人全てから学ぶことがあり、出会う事全てに意味があることを実感する毎日です。

また、国語教室でのバイトや宝生能楽堂・附属学校でのインターンシップなど、自分の関心のあることを貪欲に追い求めています。目先の興味を追い求めすぎるあまり迷走してしまうこともありますが、これも自分らしさだと思っています。我ながら行動に一貫性がなく、遠回りしてばかりだと感じることもありますが、経験した全てのことが自分の糧になり、思わぬ場面で生きることも多いです。