前山 広行
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ヒストリー

出身地

北海道函館市

幼少期の暮らし、体験

幼少時代は人と話すのが苦手ないわゆる陰キャでした笑
幼稚園では永遠と折り紙を折っているか、ウザギと遊んでいる毎日、小学校時代は日直をしてクラスメートの前に出ると緊張のあまり視界が白黒になり眩暈がしてしまうくらいの内気な子供でした。運動はからっきしダメでしたが、親の教育熱心なところを受けて、成績はクラスでも割と良い方で、また、毎年作る夏休みの工作は市長賞を2年連続で受賞したり、全道3位入賞など「モノを創る楽しさ」を感じられる幼少時代でした。

●ハマってたもの:チョロQ/ガンプラ/キン消し/ゲーム(ファミコン)/色んなペットを飼う
●習い事:生け花/油絵

中学・高校時代

函館ラ・サール高等学校
北海道札幌東高等学校

団塊ジュニア世代よろしく1学年12クラスのマンモス校で過ごした中学時代は、高校受験に向けて週4日進学学習塾に通い夕方から深夜まで勉強する毎日を過ごしていました。小6の時点で中1の勉強をするような感じで、常に1学年上の勉強を塾で行い、成績は小学校に続き割と良い方でした。友達はゲーム仲間はもちろん、なぜかいわゆる不良も多く、一緒にバンド活動したりカラオケを楽しんだり、深夜に家を抜け出して歓楽街を徘徊しようとしたりしたことが思い出です。当時の学校はいわゆる不良がブームだった時代で、クラスの半分以上は不良、廊下は二人乗りのバイクがいつでも走っているような日常で、全員が学校の授業を真剣に聞いているような状況は記憶にありません。

この頃、ゲーム仲間とパソコンを使って自分たちだけのオリジナルゲームも作っていました。最初はひとりでプログラムを勉強してみましたが、当時のパソコンの処理速度が遅いことでマシン語を覚える必要があり、ハンドアセンブルが難しすぎて挫折、グラフィッカーに転向してドット絵やCGを描きながら、プログラムは友達に任せたりと、やはりゲーム制作を通じて「モノを創る楽しさ」を感じていました。

●ハマってたもの:ゲーム(ファミコン/PCエンジン/スーファミ)/エレキギター/カラオケ(邦楽)/パソコン(MSX/PC8001)
●習い事:進学学習塾

その後、高校受験をして、第一志望の高校にめでたく入学できたにも関わらず、家庭の事情で幼少期から過ごした函館から札幌に引っ越しをすることになり、公立高校の受験をし直すことになりました。私立高校を中退し、改めて公立高校の受験までの半年間、はじめて過ごす札幌の地では毎日アルバイトをして家計を支えながらも、無事第一志望の高校に再度合格することができました。

しかしながら、高校時代は、すっかり勉強に興味を失ってしまい、成績は全然ダメな人間になってしまいました。それでも、「日本史」だけは好きで高校の授業中の時間はこっそりひとりで日本史の勉強をしている毎日で、当然、日本史だけは突出して成績が良かったものの、良い大学を目指す学力もなく、結局、偏差値も低い地元の私大を受験することになりました。(私大を受験させてくれた親には今でこそ感謝しかないです)

●ハマってたもの:ゲーム(スーファミ/PCエンジン)/パソコン(MSX/PC98)

大学・専門学校時代

札幌大学

大学入学はその後の進路を決定づける契機になりました。
振り返ると、大学生活はまともな勉強を全然しないで部活に熱中した時代で、部活を通じて映像制作とゲームにのめり込む毎日でした。(今思うと本当に親には申し訳ないです)

映像制作では、実写特撮制作やアニメーション制作の過程を4年間、学びました。感性が鋭く才能豊かな個性的な先輩たちや卒業して業界で活躍するOBたちに恵まれ、常にチームで作品を創る日々を過ごしていました。一方、映像制作以外の時間は、ゲームとカラオケと釣りとサバイバルゲームを楽しむ毎日で、朝から晩まで思い切り楽しいことをしてひたすら好きなことをして過ごしていました。今思うのは、大学時代もやはり「モノを創る楽しさ」を味わった時間であり、この期間学んだことは今現在の仕事にも活かされています。 

●ハマってたもの:ゲーム(PS/SS/PCFX/NEO-GEO)/パソコン(DOS/V)/アニメ/特撮/サバイバルゲーム/ハムスター

●アルバイト:ぜんぜんアルバイトはせず、道内のゲーム中古ショップをかけめぐり、中古ソフトの販売価格と買取価格差を利用して、週数万円のこずかいを稼いて趣味に投じていました笑

職歴

社会人デビュー戦は、バブル時代崩壊後のまさに就職氷河期の渦中の時代でした。
ゲーム業界に就職したいと思っても、未経験者は全く求人すらない…そんな時代でした。大学卒業後は、地元北海道で展開していたゲームショップ店長で社会人スタートをしました。入荷する在庫の発注や商品の陳列や接客などを工夫して、入社後6ヶ月目でめでたく店舗売上1位になったものの、入社後7ヵ月目で当時の北海道拓殖銀行倒産のあおりを受け、本部からは3か月以上給料が出なくなり、あえなく退職。労働監査局に相談の上、行政命令を出してもらったりと手続きを進め、結果、後日まとめてもらった給料3か月分でパソコンを自作し、インターネットデビューを果たします。

そして、この時の経験と知識がIT業界へ身を投じる転機となり、やがて夢であったゲーム業界へ進むことになるキッカケになりました。世の中は不思議ですね。
世は21世紀を迎える頃の話です。

2015年グッドラックスリーに入社し、おかげさまで現在に至りますが、その間に様々な学びとなった職歴のお話はまたいつか。