幼稚園年長のときに、ピアノとサッカーを始めました。
動機は「女の子にモテたいから」という不純なものでしたが、次第にのめりこみ、ピアノは小学校卒業までの7年間、サッカーは高校卒業までの13年間続けました。
人生で一番負けず嫌いだったのがこの時期だったように思います。
例えば、小学校3年生の時には、学年で「百人一首を覚えよう」となって、暗記が得意だった私は学年一の秀才「大江さん」に負けまいと必死に努力し、学年で最初に全100首を覚え、大会も優勝しました。
また、サッカーでは地元の小さなクラブに所属していましたが、後にスペインでプレーすることになった10番のエースを中心に力をつけていき、千葉県大会で3位にもなりました。1学年30人以上いたチームの中でスタメンを勝ち取るために、センスに乏しかった私は走力と左足のキック力・精度を高めることで左サイドバックのポジションを獲得しました。
その他ピアノ、習字等どんなものでも結果にこだわり、努力を惜しまない幼少期でした。
中学時代はサッカーのクラブチームに所属し、よりレベルの高い環境でサッカーすることにしました。しかし、先天性の腰椎分離症が発覚して以来、思うようにプレーできず、2年途中からはスタメン落ちしてしまいました。辞めようと思ったこともありましたが、監督・コーチ・そしてメンバーと話し合い、自分にできることを精いっぱいやりきることにしました。
勉強はそれほど苦手ではなかったため、堅実に地元の進学校と言われる高校に行きました。サッカーは腰の状態がよくならず、また、小・中学校時代で燃え尽きた感覚があったため、頑張って続けたという感じでした。勉強にも身が入らず、浪人することになります。
浪人し、改めて将来を考えていくうえで、やはりこれからは「個の時代」であると思うようになりました。もちろんチームワークや組織の力も非常にが、インターネットが発達し、世界中の優秀な人材と比較される現代においては、「自分にどんな力があるのか」「その力で組織や社会にどんな貢献ができるのか」ということが重要であると考えたのです。
そこで、少数でのグループワークや企業と提携したビジネスプランの立案等を通し、実学として自分の能力を高めることのできる立教大学経営学部に進学しました。
大学では、自身の「影響力」をテーマに、学外でも塾講師、地方創生インターンシップ、WEBマーケティング、さらに島おこしや海外ボランティア等幅広く活動し、「自分に何ができるのか」ということを考え続けてきました。
現在は、Step to Peaceという学生団体に所属し、海外住居支援ボランティアを通して、全国の学生に未来に向けたそれぞれの「一歩」を踏み出してもらうための活動を行っています。
Step to Peaceでは、すでに夏期のインドネシア派遣が決定しています。新型コロナウイルスの影響で、実施はかなり厳しい状況ですが、自分たちの活動が誰かの未来を変えると信じて、全力で取り組んでいきます!!!
塾講師→某企業のWEBマーケティング部門学生スタッフ