低出生胎児として生まれ喘息持ちで大変な毎日を送っていた。時には緊急搬送されることもあった。小学3年生と5年生時に自身にとって苦しい思いをし、そこからいじめを感じたり自分の思いを集団に伝える事が困難になった。
中学生では高校第1志望校のためにとにかく勉強を頑張れた生活をしていた。模試でも県で良い成績を取ることができ高校合格を以って当時の夢を叶える事ができた。中3生の時には美術部部長、放送係長、学習委員長を兼任する事でリーダーとしてそれぞれの活動に没頭する事ができた。高校生では中学生での完全燃焼の反動で勉強や部活への意欲が無くなり反抗期も訪れ、家出等も行った。勉強も賢い子達の中でついていけなくなり、ただ自身の京大合格のために頑張ってはいた。結果的に浪人をする事になった。
多くの繋がりを持つことができた4年間であった。1回生では4つのサークルに入り学部専攻の友達と毎日オールをして遊び、2回生では新入生をサポートする団体の団長をやり後輩が150人できた。3回生では学部の生徒会長として文学部4000人のために尽力した。進路で悩む中自分の本気でやりたいことが見つかり学生団体を立ち上げ個人事業主TERAFULとして開業した。今では株式化を目指し大学院に進み経営を勉強している。